・・・道中気をつけて、あちらについたら、この赤いふろしきを持って改札口を出ると、叔父さんが、迎えに出ていてくださるから、お母さんの、日ごろいったことをよく守って、偉い人になっておくれ。こちらのことは、けっして、心配しなくていいのですから。」と、お・・・ 小川未明 「真吉とお母さん」
・・・ 「なアに、あれは何でもございませんよ、中気に決まっていますよ。岡釣をしていて、変な処にしゃがみ込んで釣っていて、でかい魚を引かけた途端に中気が出る、転げ込んでしまえばそれまででしょうネ。だから中気の出そうな人には平場でない処の岡釣はい・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・ところがその閑事としてあったのが嬉しくて、他の郵書よりはまず第一にそれを手にして開読した、さも大至急とでも注記してあったものを受取ったように。 書中のおもむきは、過日絮談の折にお話したごとく某々氏等と瓢酒野蔬で春郊漫歩の半日を楽もうと好・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・徳川中期より末期の人。箏曲家他。文化九年、備後国深安郡八尋村に生まれた。名は、重美。前名、矢田柳三。孩児の頃より既に音律を好み、三歳、痘を病んで全く失明するに及び、いよいよ琴に対する盲執を深め、九歳に至りて隣村の瞽女お菊にねだって正式の琴三・・・ 太宰治 「盲人独笑」
・・・内の人は皆ねえさんのほうへ手伝いに行っているので、ただ中気で手足のきかぬ祖父さんと雇いばあさんがいるばかり、いつもはにぎやかな家もひっそりして、床の間の金太郎や鐘馗もさびしげに見えた。十六むさし、将棋の駒の当てっこなどしてみたが気が乗らぬ。・・・ 寺田寅彦 「竜舌蘭」
・・・明治文学の中期、樋口一葉や紅葉その他の作品に、「もとは、れっきとした士族」という言葉が不思議と思われずに使われている。この身分感は、こんにち肉体文学はじめ世相のいたるところにある斜陽族趣味にまで投影して来ているのである。 日本の大学、な・・・ 宮本百合子 「新しいアカデミアを」
・・・一日中気違いみたいに働いて、またここで……」 ドミトリーは、いきなりとってつけもなく云った。「お前、体を洗わなかったんか? 変に匂うぜ……」 一言が、思い掛けない結果になった。グラフィーラは、刺されたように床から跳び上った。・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・が切れたら、たががゆるんでお目出たくなって夜は早く眠がるし、少し動くとくたびれるし、気はのんびりしたし、つまり実力に戻って、うち中気嫌がよくなりました。今になって白状に及んだところをみると、みんな相当私のウワバミ元気にはヘコたれていたらしい・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫