・・・これには勇み立った遠藤も、さすがに胆をひしがれたのでしょう、ちょいとの間は不思議そうに、あたりを見廻していましたが、忽ち又勇気をとり直すと、「魔法使め」と罵りながら、虎のように婆さんへ飛びかかりました。 が、婆さんもさるものです。ひ・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・すると、頻に筆を走らせていた小野寺十内が、何かと思った気色で、ちょいと顔をあげたが、すぐまた眼を紙へ落して、せっせとあとを書き始める。これは恐らく、京都の妻女へ送る消息でも、認めていたものであろう。――内蔵助も、眦の皺を深くして、笑いながら・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・ 靴が左から……ト一ツ留って、右がその後から……ト前へ越すと、左がちょい、右がちょい。 たとえば歩行の折から、爪尖を見た時と同じ状で、前途へ進行をはじめたので、あなやと見る見る、二間三間。 十間、十五間、一町、半、二町、三町、彼・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・「いずれ怪性のものです。ちょいと気味の悪いものだよ」 で、なんとなく、お伽話を聞くようで、黄昏のものの気勢が胸に染みた。――なるほど、そんなものも居そうに思って、ほぼその色も、黒の処へ黄味がかって、ヒヤリとしたものらしく考えた。・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・「わたし休まなくとも、ようございますが、早速お母さんの罰があたって、薄の葉でこんなに手を切りました。ちょいとこれで結わえて下さいな」 親指の中ほどで疵は少しだが、血が意外に出た。僕は早速紙を裂いて結わえてやる。民子が両手を赤くしてい・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・それに、ある日、吉弥が僕の二階の窓から外をながめていた時、「ちょいと、ちょいと」と、手招ぎをしたので、僕は首を出して、「なんだ」と、大きな声を出した。「静かにおしよ」と、かの女は僕を制して、「あれが田島よ」と、小声。 なるほ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・「なあに、人はドッとしなくっても、俺はちょいとこう、目の縁を赤くして端唄でも転がすようなのが好きだ」「おや、御馳走様! どこかのお惚気なんだね」「そうおい、逸らかしちゃいけねえ。俺は真剣事でお光さんに言ってるんだぜ」「私に言・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・「いや、いつだって同じことさ。ちょい/\これでいろんな事件があるんだよ」「でも一体に大事件の無い処だろう?」「がその代り、注意人物が沢山居る。第一君なんか初めとしてね……」「馬鹿云っちゃ困るよ。僕なんかそりゃ健全なもんさ。唯・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・またそのようなことを、と光代は逃ぐるがごとく前へ出でしが、あれまあちょいと御覧なさいまし。いい景色のところへ来たではありませぬか。あの島の様子が何とも言われませんね。おう奇麗だ。と話を消してしまいぬ。 名にし負える荻はところ狭く繁り合い・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・ よそから毎晩のようにこの置座に集まり来る者二、三人はあり、その一人は八幡宮神主の忰一人は吉次とて油の小売り小まめにかせぎ親もなく女房もない気楽者その他にもちょいちょい顔を出す者あれどまずこの二人を常連と見て可なるべし。二十七年の夏も半・・・ 国木田独歩 「置土産」
出典:青空文庫