・・・それで私は想当ってる事があるから昨日お源さんの留守に障子の破目から内をちょいと覗いて見たので御座いますよ。そうするとどうでしょう」と、一段声を低めて「あの破火鉢に佐倉が二片ちゃんと埋って灰が被けて有るじゃア御座いませんか。それを見て私は最早・・・ 国木田独歩 「竹の木戸」
・・・彼はちょいと立止まった。なんでも声が、ガーリヤの母親に似ているような気がした。が、声は、もうぷっつり聞えなかった。すると、まもなくすぐそこの、今まで開いていた窓に青いカーテンがさっと引っぱられた。「おや、早や、寝る筈はないんだが……」彼・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・その他に、部分的にちょい/\現れているのと、長塚節の、農民文学を論じる時にはだれにでも必ずひっぱりだされる唯一の「土」以外には、ほとんど見つからない。たまたま扱われているかと思うと、真山青果の「南小泉村」のように不潔で獣のような農民が軽薄な・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
・・・そしてまだ話をきかぬ雌までも浮いて見えたので、「雌の方の頸はちょいと一うねりしてネ、そして後足の爪と踵とに一工夫がある。」というと、不思議にも言い中てられたので、「ハハハ、その通りその通り。」と主人は爽やかに笑った。が、その・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・特に今、母はお浪の源三を連れて帰って来たのを見て、わたしはちょいと見廻って来るからと云って、少し離れたところに建ててある養蚕所を監視に出て行ったので、この広い家に年のいかないもの二人限であるが、そこは巡査さんも月に何度かしか回って来ないほど・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・そこへ茶の間の唐紙のあいたところから、ちょいと笑顔を見せたのは末子だ。脛かじりは、ここにも一人いると言うかのように。 その時まで、三郎は何かもじもじして、言いたいことも言わずにいるというふうであったが、「とうさん――ホワイトを一本と・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・私がちょいと、こう爪立ちをしますと、すうッと天まで手がとどきます。それから一と足で一里さきまでまたげます。このとおりです。」 棒はこう言うが早いか、たちまちするするとからだをのばして、おやッという間に、もう高い高い雲の中へ頭をつっこんで・・・ 鈴木三重吉 「ぶくぶく長々火の目小僧」
・・・これは、かの新人競作、幻燈のまちの、なでしこ、はまゆう、椿、などの、ちょいと、ちょいとの手招きと変らぬ早春コント集の一篇たるべき運命の不文、知りつつも濁酒三合を得たくて、ペン百貫の杖よりも重き思い、しのびつつ、ようやく六枚、あきらかにこれ、・・・ 太宰治 「あさましきもの」
・・・これは、二階の客人がちょいとぶん殴って見せた跡だよ。」と、とんでも無い嘘を言って居ます。私は、頗る落ちつきません。二階から降りて行って梯子段の上り口から小声で佐吉さんを呼び、「あんな出鱈目を言ってはいけないよ。僕が顔を出されなくなるじゃ・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・デルビイの店へも、人に怪まれない位に、ちょいちょい顔を出して、ポルジイの留守を物足らなく思うと云う話をも聞く。ついでに賭にも勝って、金を儲ける。何につけても運の好い女である。 舞台が済んで帰る時には、ポルジイが人の目に掛からないように、・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
出典:青空文庫