・・・……木魚の下に、そのままの涼しい夏草と、ちょろはげの鞄とを見較べながら、「――またその何ですよ。……待っていられては気忙しいから、帰りは帰りとして、自然、それまでに他の客がなかったらお世話になろう。――どうせ隙だからいつまでも待とうと云・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・一町先が晴れてもそこだけは降り、風は黒く渡り、板塀は崩れ、青いペンキが剥げちょろけになったその建物のなかで、人びとは古障子のようにひっそりと暮していた。そして佐伯はいわばその古障子の破れ穴とでもいうべきうらぶれた日日を送っていたのである。・・・ 織田作之助 「道」
・・・「邪見な口のききようだねえ、阿魔だのコン畜生だの婆だのと、れっきとした内室をつかめえてお慮外だよ、兀ちょろ爺の蹙足爺め。と少し甘えて言う。男は年も三十一二、頭髪は漆のごとく真黒にて、いやらしく手を入れ油をつけなどしたるにはあらで、短・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・草原は禿げちょろけだ。短い草が生え、ところどころ地面が出ている。賃貸し椅子はない。人間につれられて駈けつつ首輪を鳴らす犬はいない。 公園の外を一条の掘割が流れている。橋の欄干にひじをかけて男が二人どこかでテームズ河に流れ入るその水の上を・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫