・・・ 仁右衛門はまた笠井のてかてかした顔に唾をはきかけたい衝動にさいなまれたが、我慢してそれを板の間にはき捨てた。「そうまあ一概にはいうもんでないぞい」「一概にいったが何条悪いだ。去ね。去ねべし」「そういえど広岡さん……」「・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ と言懸けて、頷く小宮山の顔を見て、てかてかとした天窓を掻き、「かような頭を致しまして、あてこともない、化物沙汰を申上げまするばかりか、譫言の薬にもなりませんというは、誠に早やもっての外でござりますが、自慢にも何にもなりません、生得・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・秋も末になると、ある日のこと、ペンキ屋がきて私を美しく、てかてかと塗りました。私は、思いがけないりっぱな着物を着たのでうれしかった。また二、三年は、どんな雨や、風にも負けないと思ったからです。 冬がくると、急に私は、人間から大事にされま・・・ 小川未明 「煙突と柳」
・・・客は河豚で温まり、てかてかした頬をして、丹前の上になにも羽織っていなかった。鼻が大きい。 その顔を見るなり、易者はあくびが止った。みるみる皮膚が痛み、真蒼な痙攣が来た。客の方も気づいて、びっくりした顔だった。睨みつけたまま通りすぎようと・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・幾百年の永いとしつき、幾百万人の日本の男女の生活を吸いとって、てかてか黒く光っている。これだけは盗めるのである。野は、あかねさすむらさき野。島は、浮島、八十島。浜は、長浜。浦は、生の浦、和歌の浦。寺は、壺坂、笠置、法輪。森は、忍の森、仮寝の・・・ 太宰治 「古典竜頭蛇尾」
・・・馬場はときたま、てかてか黒く光るヴァイオリンケエスを左腕にかかえて持って歩いていることがあるけれども、ケエスの中にはつねに一物もはいっていないのである。彼の言葉に依れば、彼のケエスそれ自体が現代のサンボルだ、中はうそ寒くからっぽであるという・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
・・・裏の入江の船の船頭が禿頭を夕日にてかてかと光らせながら子供の一群に向かってどなっている。その子供の群れの中にかれもいた。 過去の面影と現在の苦痛不安とが、はっきりと区画を立てておりながら、しかもそれがすれすれにすりよった。銃が重い、背嚢・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・たとえばセルロイドで作ったキューピーなどのてかてかした肌合や、ブリキ細工の汽車や自動車などを見てもなんだか心持ちが悪い。それでも年に一度ぐらいは自分の子供らにこんなおもちゃを奮発して買ってやらないわけではない。おもちゃその物の効果については・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・その人は白いだぶだぶの麻服を着て黒いてかてかしたはんけちをネクタイの代わりに首に巻いて、手には白い扇をもって軽くじぶんの顔を扇ぎながら少し笑ってみんなを見おろしていたのです。さあみんなはだんだんしいんとなって、まるで堅くなってしまいました。・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・乗ってるものはみな赤シャツで、てかてか光る赤革の長靴をはき、帽子には鷺の毛やなにか、白いひらひらするものをつけていた。鬚をはやしたおとなも居れば、いちばんしまいにはペムペル位の頬のまっかな眼のまっ黒なかあいい子も居た。ほこりの為にお日さまは・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
出典:青空文庫