・・・それを現すには、形が小さくて、手間暇のいらない歌が一番便利なのだ。実際便利だからね。歌という詩形を持ってるということは、我々日本人の少ししか持たない幸福のうちの一つだよ。おれはいのちを愛するから歌を作る。おれ自身が何よりも可愛いから歌を作る・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・「姉さんの言い値ほどは、お手間を上げます。あの松原は松露があると、宿で聞いて、……客はたて込む、女中は忙しいし、……一人で出て来たが覚束ない。ついでに、いまののありそうな処へ案内して、一つでも二つでも取らして下さい、……私は茸狩が大好き。―・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・…… 若い時は、渡り仲間の、のらもので、猟夫を片手間に、小賭博なども遣るらしいが、そんな事より、古女房が巫女というので、聞くものに一種の威力があったのはいうまでもない。 またその媼巫女の、巫術の修煉の一通りのものでない事は、読者にも・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ときに爺さん、手間は取らさねえからそこいらまでいっしょに歩びねえ。股火鉢で五合とやらかそう。ナニ遠慮しなさんな、ちと相談もあるんだからよ。はて、いいわな。おめえ稼業にも似合わねえ。ばかめ、こんな爺さんを掴めえて、剣突もすさまじいや、なんだと・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・――ご紋は――――牡丹―― 何、描かせては手間がとれる……第一実用むきの気といっては、いささかもなかったからね。これは、傘でもよかったよ。パッと拡げて、菊を持ったお米さんに、背後から差掛けて登れば可かった。」「どうぞ・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・越石を持っていると云えば、世間体はよいけど、手間ばかり掛って割に合わないといつも母が言ってる畑だ。 三方林で囲まれ、南が開いて余所の畑とつづいている。北が高く南が低い傾斜になっている。母の推察通り、棉は末にはなっているが、風が吹いたら溢・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・自分の意志を口に現わすにも行動に現わすにも手間のとれる男だ。思う事があったって、すぐにそれを人に言うような男ではない。それゆえおとよの事については随分考えておっても、それをおはまにすら話さなかった。ことに以前の単純の時代と反対に、自分にはと・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・その父親は、手間がとれても、子供の気の向くままにまかせて、ぼんやり立ち止まって、それを見守っていることもありました。「なぜ、人間は、いつまでもこの子供の心を失わずにいられないものだろうか。なぜ年を取るにつれて、悪い考えをもったり、まちが・・・ 小川未明 「幾年もたった後」
・・・けれどけっして手間を取らせません。あすこへ馬車を持ってきています。それに、日も、まだまったく暮れるには間がありますから……。」と、その男はいいました。 姉は、黙って、しばらく考えていましたが、なんと思ったか、「そんなら、きっと一時間・・・ 小川未明 「港に着いた黒んぼ」
・・・「ですが、家をお持ちなさるぐらいのことに、別に手間も日間も要らないじゃございませんか」「それがなかなかそうは行かないんですって。何しろこれまで船に乗り通しで、陸で要る物と言っちゃ下駄一足持たないんでしょう、そんなんですから、当人で見・・・ 小栗風葉 「深川女房」
出典:青空文庫