・・・顔だけはぬけ目なく並んだ店舗の方にむけているが、足は飽きることない好奇心とは全然無関係な機械のように、足頸を実に軟くひらひら、ひらひらと、たゆみなく体を運んで行くのだ。 合間合間に、小さい子供が一輪車に片脚をのせて転って行った。女の子達・・・ 宮本百合子 「小景」
一九四五年の八月以来、日本のすべての生活は驚く程のテンポで推移している。日本の民主化がいわれ、やっと私たちの生命が私たちのものに戻された時、日本のインテリゲンチャは「自分」を取り返す為に熱中と混乱とを示した。何しろ戦争が強・・・ 宮本百合子 「前進的な勢力の結集」
・・・バルザックと西鶴が、彼らの作品をのこして去ったのちの数百年の間に、おそろしいテンポと複雑さで、そのことごとくが人民の犠牲と献身の上に推進されて来た歴史が、きょうにもたらしている可能性である。この歴史の可能性こそ、明日の人民の能力に限りない期・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
・・・けれども、日光の下で歩いて見ると、艷のない、塵っぽい店舗に私共は別に大して奇もない商品と小僧中僧の労作と、睡そうな、どんよりした顔つきの番頭とを認めるだけだ。夜になると、商売が単に商売――物品と金銭との交換――とはいえない面白さ、気の張りを・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
・・・ 二三度続けて散歩するうちに、何となく感じたのだが、神楽坂というところは、何故ああ店舗も往来も賑かで明るいくせに、何処か薄暗いような、充分燦きがさし徹し切れないようなほこりっぽいところがあるのだろう。布地にでも例えると、茶色っぽい綿モス・・・ 宮本百合子 「茶色っぽい町」
・・・ 片側には仏具を商う店舗、右は寺々の高い石垣、その石垣を覆うて一面こまかい蔦が密生している。狭い特色ある裏町をずっと興福寺の方へ行って見た。もう夕頃で、どの寺の門扉も鎖されている。ところどころ、左右から相逼る寺領の白い築地の間に、やっと・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・未来派は心象のテンポに同時性を与える苦心に於て立体的な感覚を触発させ、従って立体派の要素を多分に含み、立体派は例えば川端康成氏の「短篇集」に於けるが如く、プロットの進行に時間観念を忘却させ、より自我の核心を把握して構成派的力学形式をとること・・・ 横光利一 「新感覚論」
・・・見る度に妻の顔は、明確なテンポをとって段階を描きながら、克明に死線の方へ近寄っていた。――山上の煉瓦の中から、不意に一群の看護婦たちが崩れ出した。「さようなら。」「さようなら。」「さようなら。」 退院者の後を追って、彼女たち・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫