・・・風なき河に帆をあやつるのだから不規則な三角形の白き翼がいつまでも同じ所に停っているようである。伝馬の大きいのが二艘上って来る。ただ一人の船頭が艫に立って艪を漕ぐ、これもほとんど動かない。塔橋の欄干のあたりには白き影がちらちらする、大方鴎であ・・・ 夏目漱石 「倫敦塔」
・・・人形になる、天狗になる、蛇になる、天馬になる、スヒンクスになる、宮殿になる、様々に変ってやがて馬鹿にしたようにプッととんでってしまうから。 第四日 人間が無念無想になる時は、一日の中に可成沢山有る。私の一日中に無念無・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・塩町から大伝馬町に出る。本町を横切って、石町河岸から龍閑橋、鎌倉河岸に掛る。次第に人通が薄らぐので、九郎右衛門は手拭を出して頬被をして、わざとよろめきながら歩く。文吉はそれを扶ける振をして附いて行く。 神田橋外元護寺院二番原に来た時は丁・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・次いで元文四年三月二日に、「京都において大嘗会御執行相成り候てより日限も相立たざる儀につき、太郎兵衛事、死罪御赦免仰せいだされ、大阪北、南組、天満の三口御構の上追放」ということになった。桂屋の家族は、再び西奉行所に呼び出されて、父に別れを告・・・ 森鴎外 「最後の一句」
出典:青空文庫