・・・これをでかばちに申したら、国家の安危に係わるような、機会がないとも限らぬ、その拇指、その小指、その片手の働きで。 しかるをいわんや臨兵闘者皆陣列在前といい、令百由旬内無諸哀艱と唱えて、四縦五行の九字を切るにおいては、いかばかり不思議の働・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・や「デカメロン」を以てはじまる小説本来の面白さがあったとでもいうのか。脂っこい小説に飽いてお茶漬け小説でも書きたくなったというほど、日本の文学は栄養過多であろうか。 正倉院の御物が公開されると、何十万という人間が猫も杓子も満員の汽車・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ばアさん、泣きの涙かなんかでかあいい男を新橋まで送ったのは、今から思うと滑稽だが、かあいそうだ、それでなくてあの気の抜けたような樋口がますますぼんやりして青くなって、鸚鵡のかごといっしょに人車に乗って、あの薄ぎたない門を出てゆく後ろ姿は、ま・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・たとひ十に一、今年は過ぎ候とも、一、二をばいかでかすぎ候べき。」 その生涯のきわめて戯曲的であった日蓮は、その死もまた牧歌的な詩韻を帯びたものであった。 弘安五年九月、秋風立ち初むるころ、日蓮は波木井氏から贈られた栗毛の馬に乗って、・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・というので、毎日新聞がお前の妹のことをデカ/\と書いた。検事の求刑は山崎が三年、お前の妹が二年半、上田と大川は二年だった。それで、第一審の判決は大体の想像では、みんな半年位ずつ減って、上田と大川は執行猶予になるだろうということだった。上田の・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・外国でも遠くはデカメロンあたりから発して、近世では、メリメ、モオパスサン、ドオデエ、チェホフなんて、まあいろいろあるだろうが、日本では殊にこの技術が昔から発達していた国で、何々物語というもののほとんど全部がそれであったし、また近世では西鶴な・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・かの国の有名な画廊にある名画の複製や、アラビアンナイトとデカメロンの豪華版や、愛書家の涎を流しそうな、芸術のための芸術と思われる書物が並んでいて、これにはちょっと意外な感じもした。そのほかになかなか美しい人形や小箱なども陳列してあったが、い・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・「はははは。でかばちもない虫だ」と、西宮。「ほほほほ。可愛い虫さ」「油虫じゃアないか」「苦労の虫さ」と、小万は西宮をちょいと睨んで出て行ッた。 折から撃ッて来た拍子木は二時である。本見世と補見世の籠の鳥がおのおの棲に帰る・・・ 広津柳浪 「今戸心中」
・・・ 夜もねねえでかせいだんなあ何のためだ、ひとう馬鹿にしてけつかる」 オイオイと号泣して、彼女はよろける。「糞じじいに鼻たらし嫁なぐさませるためじゃあねえぞ!」 すると、勇吉は、粗朶火を持たない左の手で、怒り猛る仁王のようにおしま・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・「デカメロン」の本質はそういうものであった。 十九世紀の目ざましい科学の進歩は、人間の幸福について、それを可能にしまた不可能にする社会の条件を考慮に入れるべきことを知らせた。これは社会的に生きる人類の幸福を問題とする現実的な幸福探求の道・・・ 宮本百合子 「幸福の感覚」
出典:青空文庫