・・・ 遠藤はとうとうたまり兼ねて、火花の旋風に追われながら、転げるように外へ逃げ出しました。 三 その夜の十二時に近い時分、遠藤は独り婆さんの家の前にたたずみながら、二階の硝子窓に映る火影を口惜しそうに見つめていまし・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・を覗いて見たら、虚子先生も滔滔と蛇笏に敬意を表していた。句もいくつか抜いてあった。僕の蛇笏に対する評価はこの時も亦ネガティイフだった。殊に細君のヒステリイか何かを材にした句などを好まなかった。こう云う事件は句にするよりも、小説にすれば好いの・・・ 芥川竜之介 「飯田蛇笏」
・・・そして私たちはとうとう波のない時には腰位まで水につかるほどの深味に出てしまいました。そこまで行くと波が来たらただ立っていたままでは追付きません。どうしてもふわりと浮き上らなければ水を呑ませられてしまうのです。 ふわりと浮上ると私たちは大・・・ 有島武郎 「溺れかけた兄妹」
・・・その時おれは、「とうとう飽きたね」と君に言うね。B 何だい。もうその時の挨拶まで工夫してるのか。A まあさ。「とうとう飽きたね」と君に言うね。それは君に言うのだから可い。おれは其奴を自分には言いたくない。B 相不変厭な男だなあ、・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・ 菅笠を目深に被って、※ッて、せッついても、知らないと、そういってばかりおいでであったが、毎日々々あまりしつこかったもんだから、とうとう余儀なさそうなお顔色で、(鳥屋の前にでもいって見て来るが可 そんならわけはない。 小屋を・・・ 泉鏡花 「化鳥」
・・・おはまがもしおとよさんのしぐさを知ったら大騒ぎであったろうけれど、とうとうおはまはそれを知らなかった。おはまばかりでない、だれも知らなかったらしい。「今日ぐらい刈れば省作も一人前だなア」 これが姉のほめことばで見ても知られる。のっそ・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・とうわさをして居たら、半年もたたない中に此の娘は男を嫌い始めて度々里の家にかえるので馴染もうすくなり、そんな風ではととうとう三条半を書いてやる。 まもなく後に菊酒屋と云う有名な酒屋にやった所がここも秋口から物やかましいといやがられたので・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・その夜もとうとう見えなかった。 そのまたあくる日も、日が暮れるまで待っていたが、来なかった。もうお座敷に行ったろうからだめだと、――そして、井筒屋ははやらないが、井筒屋の独り芸者は外へ出てはやりッ子なんだから――あきらめて、書見でもしよ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・商売運の目出たい笑名は女運にも果報があって、老の漸く来らんとするころとうとう一の富を突き当てて妙齢の美人を妻とした。 尤も笑名はその時は最早ただの軽焼屋ではなかった。将軍家大奥の台一式の御用を勤めるお台屋の株を買って立派な旦那衆となって・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・然るに文学上の労力がイツマデも過去に於ける同様の事情でイクラ骨を折っても米塩を齎らす事が無かったなら、『我は米塩の為め書かず』という覚悟が無意味となって、或は一生涯文学に志ざしながら到頭文学の為め尽す事が出来ずに終るかも知れぬ。 過去に・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
出典:青空文庫