・・・ざりまするという雪江を二時が三時でもと待ち受けアラと驚く縁の附際こちらからのように憑せた首尾電光石火早いところを雪江がお霜に誇ればお霜はほんとと口を明いてあきるること曲亭流をもってせば半はんときばかりとにかく大事ない顔なれど潰されたうらみを・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・として皆に迎えられたのか、そこまではおげんも言うことが出来なかった。とにかく、この蜂谷の医院へ着いたばかりに桑畠を焼くような失策があって、三吉のような子供にまでそれを言われて見ると、いかに自分ばかり気の確かなつもりのおげんでも、これまで自分・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・どんな灯をつけるのかそれはわかりませんが、とにかくその灯でこんな画を画いておりましたと言って、取って来た画をお目にかけました。王さまは、すぐにウイリイをお呼びになって、「これはどうした画か。」とお聞きになりました。「私が画きましたの・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・あたらしく力を得て、とにかくこれを完成させぬうちは、東京へ帰るまい、と御坂の木枯つよい日に、勝手にひとりで約束した。 ばかな約束をしたものである。九月、十月、十一月、御坂の寒気堪えがたくなった。あのころは、心細い夜がつづいた。どうしよう・・・ 太宰治 「I can speak」
・・・ここだなとかれは思った。とにかく休息することができると思うと、言うに言われぬ満足をまず心に感じた。静かにぬき足してその石階を登った。中は暗い。よくわからぬが廊下になっているらしい。最初の戸と覚しきところを押してみたが開かない。二歩三歩進んで・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ホテルへ乗って帰る車の中に物を置けば、それが翌日は帰って来るということが分からないのではない。とにかく今夜一晩だけでもあの包みなしに安眠したいと思ったのである。明朝になったなら、またどうにかしようというのであった。しかしそれは画餅になった。・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・それはとにかく彼がミュンヘンの小学で受けたローマカトリックの教義と家庭におけるユダヤ教の教義との相対的な矛盾――因襲的な独断と独断の背馳が彼の幼い心にどのような反応を起させたか、これも本人に聞いてみたい問題である。 この時代の彼の外観に・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ とにかく彼らは幸福であった。雪江が私の机の側へ来て、雑誌などを読んでいるときに、それとなく話しかける口吻によってみると、彼女には幾分の悶えがないわけにはいかなかった。学校を出てから、東京へ出て、時代の新しい空気に触れることを希望してい・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・しかし津田はとにかく三吉が黙っているのは、よくわからぬばかりでなくて、小野の態度が極端なうたぐりと感傷とで、ときにはたわいなくさえみえてくるのが不満だった。たとえば議論の焦点がきまると、それを小野の方から飛躍させられて“そりゃァ、労働者の自・・・ 徳永直 「白い道」
・・・十月頃の晴れた空の下に一望尽る処なき瓦屋根の海を見れば、やたらに突立っている電柱の丸太の浅間しさに呆れながら、とにかく東京は大きな都会であるという事を感じ得るのである。 人家の屋根の上をば山手線の電車が通る。それを越して霞ヶ関、日比谷、・・・ 永井荷風 「銀座」
出典:青空文庫