・・・ たちまち小舟を飛ばして近づいて来た者がある、徳二郎であった。「酒を持って来た!」と徳は大声で二三間先から言った。「うれしいのねえ、今、坊様に弟のことを話して泣いていたの」と女の言ううち、徳二郎の小舟はそばに来た。「ハッハッ・・・ 国木田独歩 「少年の悲哀」
・・・私が帰るといえばすぐにでも蹶飛ばしそうな剣幕ですから私も仕方なしにそこに坐って黙っていますと、娘は泣いておるのです。嗚咽びかえっているのです、それを見た武の顔はほんとうに例えようがありません、額に青筋を立てて歯を喰いしばるかと思うと、泣き出・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・そして国境外では、サヴエート同盟に物資が欠乏していると、でたらめを飛ばした。 一方では、飲酒反対、宗教反対のピオニールのデモを見習った対岸の黒河の支那の少年たちが、同様のデモをやったりするのに、他方どうしても、こちらの、すきを伺っては、・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・乗合自動車がグジョグジョな雪をはね飛ばしていった。後に「チャップリン黄金狂時代、近日上映」という広告が貼ってあった。龍介はフト『巴里の女性』という活動写真を思いだした。それにはチャップリンは出ていなかったが、彼のもので、彼が監督をしていた。・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・へ特筆大書すべき始末となりしに俊雄もいささか辟易したるが弱きを扶けて強きを挫くと江戸で逢ったる長兵衛殿を応用しおれはおれだと小春お夏を跳ね飛ばし泣けるなら泣けと悪ッぽく出たのが直打となりそれまで拝見すれば女冥加と手の内見えたの格をもってむず・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・ ウイリイはその二つのびんをかかえて、馬を飛ばしてかえりました。 王女は、もう今度はどうしても御婚礼をしなければなりませんでした。しかしその前に、二つの水がほんとうにきき目があるかどうか、ためして見ていただきたいと言いました。けれど・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・解き聞かせてもらいたげの態度なれば、先輩も面くらい、そこのところがわかればねえ、などと呟き、ひどく弱って、頭をかかえ、いよいよ腐って沈思黙考、地平は知らず、きょとんと部屋の窓の外、風に吹かれて頬かむり飛ばして女房に追わせる畑の中の百姓夫婦を・・・ 太宰治 「喝采」
・・・して一番になりたいだけで、どだい、目的のためには手段を問わないのは、彼ら腕力家の特徴ではあるが、カンシャクみたいなものを起して、おしっこの出たいのを我慢し、中腰になって、彼は、くしゃくしゃと原稿を書き飛ばし、そうして、身辺のものに清書させる・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・ で、その足で、熊谷町まで車を飛ばした。例の用水に添った描写は、この時に写生したものである。それから萩原君を、町の通りの郵便局に訪ねた。ちょうど、執務中なので、君の家の泉州という料理屋に行って待っていた。萩原君はそこの二男か三男で、今は・・・ 田山花袋 「『田舎教師』について」
・・・これを翻訳すると「変な老婆が登場して、変な老爺をしかり飛ばした」というのである。その芝居の下手さが想像される。 つい近ごろある映画の試写会に出席したら、すぐ前の席にやはり十歳ぐらいの男の子を連れた老紳士がいた。その子供がおそらく生まれて・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
出典:青空文庫