・・・しかし私は自分の畠にもない素人評が実際子供の励ましになるのかどうか、それにすら迷った。ともあれ、次郎の言うことには、たよろうとするあわれさがあった。 次郎の作った画を前に置いて、私は自分の内に深く突き入った。そこにわが子を見た。なんとな・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・所謂刳磔の苦労をして、一作、一作を書き終えるごとに、世評はともあれ、彼の屈辱の傷はいよいよ激烈にうずき、痛み、彼の心の満たされぬ空洞が、いよいよひろがり、深まり、そうして死んだのである。傑作の幻影にだまくらかされ、永遠の美に魅せられ、浮かさ・・・ 太宰治 「逆行」
・・・――君のこの前の作品、あのホラ、染めた髪の女が出て来る――少くともあれとは比較にならないね」 みんなドッと笑った。云われた当人は、少し顔を赤らめながら、やっぱり大笑いした。「だが、材料はまだ整理が足りない。ゴチャゴチャしている。いら・・・ 宮本百合子 「「鎌と鎚」工場の文学研究会」
・・・ 商人は商人気質の鋭さ万能に、家を守る女性は、何はともあれ我家のやりくり専一に、それぞれ主観の利益に立った個々の生きかたを続けて来たところへ、今日は一方から謂わば純理的な方針が与えられ、しかもその純理的な算数の根本には、まだ従来の生産の・・・ 宮本百合子 「主婦意識の転換」
・・・ 禰宜様宮田は、すぐ帰ってもらったことに満足し、お石は何はともあれ来てくれたことに満足して、家中には久しぶりで平和が戻って来たのであった。 けれども、使は三日にあげずよこされる。そして、ことわられては素直に帰って行く。「またおき・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・私たちは何はともあれ婦人民主クラブ員なのだから、日本の今日の民主主義の歴史的な性質、方向などについて、簡単ながら間違いない理解をもっていた方が便利だろう。 今日、世界には三つの民主主義がある。ブルジョア民主主義、新民主主義、社会主義的民・・・ 宮本百合子 「三つの民主主義」
・・・わからない男だ、というとき、その言葉には相手が人生的なことかあるいは職業的なことか、何はともあれ原理的な点で正当な理解をもっていないという意味がこめられている。わからない女だね、という表現は、いつの場合も決してそれほど原理的なことの判断につ・・・ 宮本百合子 「ものわかりよさ」
・・・丁度、美術愛好者が、古代ギリシャ建築の明美な柱列を見た時、心を打れ、何はともあれ、アカンサスの葉で飾られた精緻な柱頭と、単純で力強い柱台とに注意を向けた如く、学徒が、狂暴な程、雑多な原質の目覚める青年期、不思議に還元的色彩を帯びる更年期を特・・・ 宮本百合子 「われを省みる」
出典:青空文庫