・・・「叔母さんのお使いで、どうもすみません。」と、年子はいいました。窓から、あちらに遠くの森の頂が見えるお教室で、英語を先生から習ったのでした。 きけば、先生は、小さい時分にお父さんをおなくしになって、お母さんの手で育ったのでした。だか・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・ まだどうも死ぬにゃ早いからな」「当り前さ、今から死んでたまるものかね。そう言えば、お前さん今年幾歳になったんだっけね?」「九さ、たまらねえじゃねえか、来年はもう三十面下げるんだ。お光さんは今年三だね?」「ええ、よく覚えててね」・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・考えてみると、どうも枕元と襖の間が広すぎるようだった。ふだん枕元に、スタンドや灰皿や紅茶茶碗や書物、原稿用紙などをごてごてと一杯散らかして、本箱や机や火鉢などに取りかこまれた蒲団のなかに寝る癖のある私には、そのがらんとした枕元の感じが、さび・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・頓て其蒼いのも朦朧となって了った…… どうも変さな、何でも伏臥になって居るらしいのだがな、眼に遮ぎるものと云っては、唯掌大の地面ばかり。小草が数本に、その一本を伝わって倒に這降りる蟻に、去年の枯草のこれが筐とも見える芥一摘みほど――・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・それが君に解らないというのは僕にはどうも不思議でならん」 Kは斯う云って、口を噤んで了う。彼もこれ以上Kに追求されては、ほんとうは泣き出すほかないと云ったような顔附になる。彼にはまだ本当に、Kのいうその恐ろしいものの本体というものが解ら・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・例によって村の湯の方がどうも気になる。今度は男女の話声ではない。気になるのはさっきの溪への出口なのである。そこから変な奴がはいって来そうな気がしてならない。変な奴ってどんな奴なんだと人はきくにちがいない。それが実にいやな変な奴なのである。陰・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・なかなかの才物だとしきりに誉め称やし、あの高ぶらぬところがどうも豪い。談話の面白さ。人接のよさと一々に感服したる末は、何として、綱雄などのなかなか及ぶところでないと独り語つ。光代は傍に聞いていたりしが、それでもあの綱雄さんは、もっと若くって・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・口数をあまりきかない、顔色の生白い、額の狭い小づくりな、年は二十一か二の青年を思い出しますと、どうもその身の周囲に生き生きした色がありません、灰色の霧が包んでいるように思われます。「けれども艶福の点において、われわれは樋口に遠く及ばなか・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・そして夫婦別れごとに金のからんだ訴訟沙汰になるのは、われわれ東洋人にはどうも醜い気がする。何故ならそれだと夫婦生活の黄金時代にあったときにも、その誓いも、愛撫も、ささやきも、結局そんな背景のものだったのかと思えるからだ。 権利思想の発達・・・ 倉田百三 「愛の問題(夫婦愛)」
・・・札の紙は、王子製紙でこしらえるんだが、これはどうも、その出が違うようだ。」「一寸見ると、殆んど違わないね。」電信隊の兵タイは、蟇口から自分の札を出して、比較してみた。「違わないね。……実際、Five なんか一分も違わず刷れとるじゃないか・・・ 黒島伝治 「穴」
出典:青空文庫