・・・ 船はぐらぐらとしただがね、それで止まるような波じゃねえだ。どんぶりこッこ、すっこッこ、陸へ百里やら五十里やら、方角も何も分らねえ。」 女房は打頷いた襟さみしく、乳の張る胸をおさえたのである。 六「晩飯の・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・(腹がけのどんぶりより、錆びたるナイフを抽出画家 ああ、奥さん。夫人 この人と一所に行くのです。――このくらいなものを食べられなくては。……人形使 やあ、面白い。俺も食うべい。画家 (衝と立ちて面――南無大師遍照金剛・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・ 「時にお前、蛇口を見ていた時に、なんじゃないか、先についていた糸をくるくるっと捲いて腹掛のどんぶりに入れちゃったじゃねえか。」 「エエ邪魔っけでしたから。それに、今朝それを見まして、それでわっちがこっちの人じゃねえだろうと思ったん・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・「親子どんぶりのようなものが、ないだろうか。」老人の癖に大食なのである。 私は赤面するばかりである。先生は、親子どんぶり。私は、おしるこ。たべ終って、「どんぶりも大きいし、ごはんの量も多いね。」「でも、まずかったでしょう?」・・・ 太宰治 「黄村先生言行録」
・・・その人は、腹掛けのどんぶりに、私を折り畳まずにそのままそっといれて、おなかが痛いみたいに左の手のひらを腹掛けに軽く押し当て、道を歩く時にも、電車に乗っている時にも、つまり銀行から家へと、その人はさっそく私を神棚にあげて拝みました。私の人生へ・・・ 太宰治 「貨幣」
・・・私がおしるこ二つ、と茶店の老婆に命じたところ、少年は、「親子どんぶりがあるかね?」と私の傍に大きなあぐらをかいて、落ちついて言い出したので、私は狼狽した。私の袂には、五十銭紙幣一枚しか無いのである。これは先刻、家を出る時、散髪せよと家の・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・さかなも、大どんぶりに山盛りである。二十人ちかい常連は、それぞれ世に名も高い、といっても決して誇張でないくらいの、それこそ歴史的な酒豪ばかりであったようだが、しかし、なかなか飲みほせなかった様子であった。私はその頃は、既に、ひや酒でも何でも・・・ 太宰治 「酒の追憶」
・・・わたくしは、どんぶり持って豆腐いっちょう買いに行くのが、一ばんつらかった。いまでは、どうやら、朝太郎も、皆様のおかげで、もの書いてお金いただけるようになって、わたくしは、朝太郎が、もう、どんな、ばかをしても、信じている。むかし、あれの父をあ・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・、一こと、おことわりして置きたいこと、ほかではございませぬ、ここには、私すべてを出し切って居ませんよ、という、これはまた、おそろしく陳腐の言葉、けれどもこれは作者の親切、正覚坊の甲羅ほどの氷のかけら、どんぶりこ、どんぶりこ、のどかに海上なが・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・わたくしは、どんぶり持って豆腐いっちょう買いに行くのが、一ばんつらかった。いまでは、どうやら、朝太郎も、皆様のおかげで、もの書いてお金いただけるようになって、わたくしは、朝太郎が、もう、どんな、ばかをしても、信じている。むかし、あれの父をあ・・・ 太宰治 「火の鳥」
出典:青空文庫