・・・安政元年十一月四日五日六日にわたる地震には東海、東山、北陸、山陽、山陰、南海、西海諸道ことごとく震動し、災害地帯はあるいは続きあるいは断えてはまた続いてこれらの諸道に分布し、至るところの沿岸には恐ろしい津波が押し寄せ、震水火による死者三千数・・・ 寺田寅彦 「時事雑感」
・・・斉明天皇の御代に二艘の船に分乗して出掛けた一行が暴風に遭って一艘は南海の島に漂着して島人にひどい目に遭わされたとあり、もう一艘もまた大風のために見当ちがいの地点に吹きよせられたりしている。これは立派な颱風であったらしい。また仁明天皇の御代に・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・ 私が前後にただ一度盆踊りを見たのは今から二十年ほど前に南海のある漁村での事であった。肺結核でそこに転地しているある人を見舞いに行って一晩泊まった時がちょうど旧暦の盆の幾日かであった。蒸し暑い、蚊の多い、そしてどことなく魚臭い夕靄の上を・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・そのおかげで私は電車の中で難解の書物をゆっくり落ち付いて読みふける事ができる。宅にいれば子供や老人という代表的田舎者がいるので困るが、電車の中ばかりは全く閑静である。このような静かさは到底田舎では得られない静かさである。静か過ぎてあまりにさ・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・北海道や朝鮮台湾は除外するとしても、たとえば南海道九州の自然と東北地方の自然とを一つに見て論ずることは、問題の種類によっては決して妥当であろうとは思われない。 こう考えて来ると、今度はまた「日本人」という言葉の内容がかなり空疎な散漫なも・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・渡り鳥のように四国の脊梁山脈を越えて南海の町々村々をおとずれて来る一隊の青年行商人は、みんな白がすりの着物の尻を端折った脚絆草鞋ばきのかいがいしい姿をしていた。明治初期を代表するような白シャツを着込んで、頭髪は多くは黙阿弥式にきれいに分けて・・・ 寺田寅彦 「物売りの声」
・・・ ニイチェの著書は、おそらく人間の書いた書物の中で、最も深遠で、且つ最も難解なものの一つであらう。その深遠な理由は、思想が人間性の苦悩の底へ、無限に深くもぐりこんで抜けないほどに根を持つて居るのと、多岐多様の複雑した命題が、至るとこ・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・われ浮世の旅の首途してよりここに二十五年、南海の故郷をさまよい出でしよりここに十年、東都の仮住居を見すてしよりここに十日、身は今旅の旅に在りながら風雲の念いなお已み難く頻りに道祖神にさわがされて霖雨の晴間をうかがい草鞋よ脚半よと身をつくろい・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・ゆえにそれは、どんなに馬鹿げていても、難解でも必ず心の深部において万人の共通である。卑怯な成人たちに畢竟不可解なだけである。四 これは田園の新鮮な産物である。われらは田園の風と光の中からつややかな果実や、青い蔬菜といっしょにこれらの・・・ 宮沢賢治 「『注文の多い料理店』新刊案内」
・・・ 同氏の「南海譚」を、作者のそのような歴史小説への意図をふくんで読み、三百年の昔朱印船にのって安南へ漕ぎ出した角屋七郎兵衛の生涯が「角屋七郎兵衛よ、お前が」と語り出されている作者の情感の意味も肯けた。徳川の鎖国の方針が七郎兵衛の運命を幾・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
出典:青空文庫