・・・ スウィッチを捻る音と共に、次の間はすぐに明くなった。その部屋の卓上電燈の光は、いつの間にそこへ坐ったか、タイプライタアに向っている今西の姿を照し出した。 今西の指はたちまちの内に、目まぐるしい運動を続け出した。と同時にタイプライタ・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・と胸を捻じるように杖で立って、「お有難や、有難や。ああ、苦を忘れて腑が抜けた。もし、太夫様。」と敷居を跨いで、蹌踉状に振向いて、「あの、そのお釵に……」――「え。」と紫玉が鸚鵡を視る時、「歯くさが着いてはおりませぬか。恐縮や。……えひひ・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・人目を避けて、蹲って、虱を捻るか、瘡を掻くか、弁当を使うとも、掃溜を探した干魚の骨を舐るに過ぎまい。乞食のように薄汚い。 紫玉は敗竄した芸人と、荒涼たる見世ものに対して、深い歎息を漏らした。且つあわれみ、且つ可忌しがったのである。 ・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・四辺に誰も居ないのを、一息の下に見渡して、我を笑うと心着いた時、咄嗟に渋面を造って、身を捻じるように振向くと…… この三角畑の裾の樹立から、広野の中に、もう一条、畷と傾斜面の広き刈田を隔てて、突当りの山裾へ畦道があるのが屏風のごとく連っ・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・この画房は椿岳の亡い後は寒月が禅を談じ俳諧に遊び泥画を描き人形を捻る工房となっていた。椿岳の伝統を破った飄逸な画を鑑賞するものは先ずこの旧棲を訪うて、画房や前栽に漾う一種異様な蕭散の気分に浸らなければその画を身読する事は出来ないが、今ではバ・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・柔らげた竹の端を樫の樹の板に明けた円い孔へ挿込んでぐいぐい捻じる、そうしてだんだんに少しずつ小さい孔へ順々に挿込んで責めて行くと竹の端が少し縊れて細くなる。それを雁首に挿込んでおいて他方の端を拍子木の片っ方みたような棒で叩き込む。次には同じ・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・日本紙を幅五、六分に引き裂いたのに火鉢の灰を少し包み込んで線香大の棒形に捻る。その一端に火をつけて「火渡し」と云って次の人に渡すと、次の人は「しりつぎ」と答えて次へ廻す、それからだんだんに東京でいわゆる「尻取り」をするのであるが、言葉に窮し・・・ 寺田寅彦 「追憶の冬夜」
・・・た重い夜具へ背をよせかけるように、そして立膝した長襦袢の膝の上か、あるいはまた船底枕の横腹に懐中鏡を立掛けて、かかる場合に用意する黄楊の小櫛を取って先ず二、三度、枕のとがなる鬢の後毛を掻き上げた後は、捻るように前身をそらして、櫛の背を歯に銜・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・カチリと電燈を捻じる響と共に、黄い光が唐紙の隙間にさす。先生はのそのそ置炬燵から次の間へ這出して有合う長煙管で二、三服煙草を吸いつつ、余念もなくお妾の化粧する様子を眺めた。先生は女が髪を直す時の千姿万態をば、そのあらゆる場合を通じて尽くこれ・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・と圭さん、首を捻る。圭さんは時々妙な事に感心する。しばらくして、捻ねった首を真直にして、圭さんがこう云った。「それから鍛冶屋の前で、馬の沓を替えるところを見て来たが実に巧みなものだね」「どうも寺だけにしては、ちと、時間が長過ぎると思・・・ 夏目漱石 「二百十日」
出典:青空文庫