・・・ 叔母はそれからねちねちと、こんな話をし始めた。――昨日あの看護婦は、戸沢さんが診察に来た時、わざわざ医者を茶の間へ呼んで、「先生、一体この患者はいつ頃まで持つ御見込みなんでしょう? もし長く持つようでしたら、私はお暇を頂きたいんですが・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ ねちねちとからんで来た。 私は黙っていた。しかし、男は私の顔を覗きこんで、ひとりうなずいた。「黙ったはるとこ見ると、やっぱり聴きはったんやな。――なんぞ僕のわるいことを聴きはったんやろ。しかし、言うときまっけどね。彼女の言うこ・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・大阪弁というものは語り物的に饒舌にそのねちねちした特色も発揮するが、やはり瞬間瞬間の感覚的な表現を、その人物の動きと共にとらえた方が、大阪弁らしい感覚が出るのではなかろうか。大阪弁は、独自的に一人で喋っているのを聴いていると案外つまらないが・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・青扇はねちねちした調子で言いだした。「まったくだと思いますよ。清貧なんてあるものか。金があったらねえ。」「どうしたのです。へんに搦みつくじゃないか。」 僕は膝をくずして、わざと庭を眺めた。いちいちとり合っていても仕様がないと思ったの・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・しかし出来ないことをねちねちしているのも嫌だから早速この手紙を書いた次第。悪く思わないでくれ。小生昨今、文学にしばらく遠ざかっているので、貴兄の活躍ぶりも詳しくは接していないが、貴兄の力には期待して居りますので必ずや相当以上の活動をしている・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・話がねちねちして理窟が多すぎるし、あまりにも私を意識しているゆえか、スケッチしながらでも話すことが、みんな私のことばかり。返事するのも面倒くさく、わずらわしい。ハッキリしない人である。変に笑ったり、先生のくせに恥ずかしがったり、何しろサッパ・・・ 太宰治 「女生徒」
・・・われわれ賤民のいうことが。」ねちねち言っているうちに、唇の色も変り、口角には白い泡がたまって、兇悪な顔にさえ見えて来た。「こんどの須々木乙彦とのことは、ゆるす。いちどだけは、ゆるす。おれは、いま、ずいぶんばかにされた立場に在る。おれにだって・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・そうしてあのねちねちした豆の香をかぐような思いがする。 ある町の角をまがって左側に蝋細工の皮膚病の模型を並べた店が目についた。人間の作ったあらゆる美しくないものの中でもこれくらい美しくないものもまれである。きょうのような日に見るとその醜・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・どこまでもねちねちへこまずに遣って行くのも江戸子だよ。ああ馬鹿に饒舌ったな。もう何時だろう。」 花房は小さい金時計を出して見た。「十二時です。」「そうか。諸君は車が待たせてあるから好いが、己はぐずぐずすると電車に乗りはぐれる。さ・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
出典:青空文庫