・・・たといわれわれが文学者になりたい、学校の先生になりたいという望みがあっても、これかならずしも誰にもできるものではないと思います。 それで金も遺すことができず、事業も遺すことができない人は、かならずや文学者または学校の先生となって思想を遺・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・と、みんなはその方を望みながら、いいました。やがて、日がまったく沈んで、空の色がだんだん暗くなると、地平線は波に洗われて、雲の色の消えてゆくのを惜しんだのであります。 ある日のこと、人々がいつものごとく、海岸に立って沖の方をながめていま・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・「当り前さ、夏のお萩餅か何ぞじゃあるまいし……ありようを言うとね、娘もまだ年は行ってても全小姐なんだから、親ももう少し先へなってからの方が望みなんかも知れないのさ」「じゃ、とにかくもう少し待ってもらおうじゃねえか。第一お前、肝心の仲・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・わたくしは皆様方のお望みになる事なら、どんな事でもして御覧に入れます。大江山の鬼が食べたいと仰しゃる方があるなら、大江山の鬼を酢味噌にして差し上げます。足柄山の熊がお入用だとあれば、直ぐここで足柄山の熊をお椀にして差し上げます……」 す・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・が、私はえらくなろうという野心――野心といったのは、つまりえらくなって文子と結婚したいという望み――だけは、やはり捨てなかったのです。 ところが、その年の冬、詳しくいうと十一月の十日に御即位の御大礼が挙げられて、大阪の町々は夜ごと四ツ竹・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・が彼は思いもかけず自分の前途に一道の光明を望みえたような軽い気持になって、汽車の進むにしたがって、田圃や山々にまだ雪の厚く残っているほの白い窓外を眺めていた。「光の中を歩め」の中の人々の心持や生活が、類いもなく懐しく慕わしいものに思われた。・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・そしてそのなかで人間の望み得る最も行き届いた手当をうけている人間は百人に一人もないくらいで、そのうちの九十何人かはほとんど薬らしい薬ものまずに死に急いでいるということであった。 吉田はこれまでこの統計からは単にそういうようなことを抽象し・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・きき候と同じ昔噺を貞坊が聞き候ことも遠かるまじと思われ候、これを思えば悲しいともうれしいとも申しようなき感これありこれ必ず悲喜両方と存じ候、父上は何を申すも七十歳いかに強壮にましますとも百年のご寿命は望み難く、去年までは父上父上と申し上げ候・・・ 国木田独歩 「初孫」
・・・柱鳴り瓦飛び壁落つる危急の場にのぞみて二人一室に安座せんとは。われこれを思いし時、心の冷え渡るごとき恐ろしきある者を感じぬ、貴嬢はただこの二人ただ自殺を謀りしとのみのたもうか、げに二郎と十蔵とは自殺を謀りしなるべきか。あらず、いかで自殺なる・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
一 学窓への愛と恋愛 学生はひとつの志を立てて、学びの道にいそしんでいるものである。まず青雲を望み見るこころと、学窓への愛がその衷になければならぬ。近時ジャーナリストの喧声はややもすれば学園を軽んじるかに見・・・ 倉田百三 「学生と生活」
出典:青空文庫