・・・かれはその背後で彼らがこそこそ話をしているらしく感じた、 次の週の火曜日、ゴーデルヴィルの市場へとかれは勇み立って出かけた、かの一条を話したいばかりに。例のマランダンがその戸口に立っていてかれの通るのを見るや笑いだした。なぜだろう。・・・ 著:モーパッサン ギ・ド 訳:国木田独歩 「糸くず」
・・・と言って、両手で忠利の足を抱えたまま、床の背後に俯伏して、しばらく動かずにいた。そのとき長十郎の心のうちには、非常な難所を通って往き着かなくてはならぬ所へ往き着いたような、力の弛みと心の落着きとが満ちあふれて、そのほかのことは何も意識に上ら・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・そして家の背後の空地の隅に蹲って、夜どおし泣いた。 色の蒼ざめた、小さい女房は独りで泣くことをも憚った。それは亭主に泣いてはならぬと云われたからである。女と云うものは涙をこらえることの出来るものである。 翌日は朝から晩まで、亭主が女・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・ ネー将軍はナポレオンの背後から、ルクサンブールの空にその先端を消している虹の足を眺めていた。すると、ナポレオンは不意にネーの肩に手をかけた。「お前はヨーロッパを征服する奴は何者だと思う」「それは陛下が一番よく御存知でございまし・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・ ある晩波の荒れている海の上に、ちぎれちぎれの雲が横わっていて、その背後に日が沈み掛かっていた。如何にも壮大な、ベエトホオフェンの音楽のような景色である。それを見ようと思って、己は海水浴場に行く狭い道へ出掛けた。ふと槌の音が聞えた。その・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・の地帯やその背後の緩衝地帯を突き抜けて、「いまだ触れられざる地」に達したとき、そこに彼らは至る処、十六世紀のカピタンたちが沿岸で見たと同じ華麗なものを見いだしたのである。 フロベニウスは一九〇六年、その第一回の探検旅行の際には、なお、コ・・・ 和辻哲郎 「アフリカの文化」
出典:青空文庫