・・・その夕日の中を、今しがた白丁が五六人、騒々しく笑い興じながら、通りすぎたが、影はまだ往来に残っている。……「じゃそれでいよいよけりがついたと云う訳だね。」「所が」翁は大仰に首を振って、「その知人の家に居りますと、急に往来の人通りがは・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・ 見よ、花袋氏、藤村氏、天渓氏、抱月氏、泡鳴氏、白鳥氏、今は忘られているが風葉氏、青果氏、その他――すべてこれらの人は皆ひとしく自然主義者なのである。そうしてそのおのおのの間には、今日すでにその肩書以外にはほとんどまったく共通した点が見・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・大きい鮟鱇が、腹の中へ、白張提灯鵜呑みにしたようにもあった。 こん畜生、こん畜生と、おら、じだんだを蹈んだもんだで、舵へついたかよ、と理右衛門爺さまがいわっしゃる。ええ、引からまって点れくさるだ、というたらな。よくねえな、一あれ、あれよ・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・(ああ、ひもじいを逆 と真俯向けに、頬を畳に、足が、空で一つに、ひたりとついて、白鳥が目を眠ったようです。 ハッと思うと、私も、つい、脚を天井に向けました。――その目の前で、 名工のひき刀が線を青く刻んだ、小さな雪の菩薩・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ 時に、宮奴の装した白丁の下男が一人、露店の飴屋が張りそうな、渋の大傘を畳んで肩にかついだのが、法壇の根に顕れた。――これは怪しからず、天津乙女の威厳と、場面の神聖を害って、どうやら華魁の道中じみたし、雨乞にはちと行過ぎたもののようだっ・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・「あの提灯が寂しいんですわ……考えてみますと……雑で、白張のようなんですもの。」――「うぐい。」――と一面――「亭」が、まわしがきの裏にある。ところが、振向け方で、「うぐい」だけ黒く浮いて出ると、お経ではない、あの何とか、梵・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・また、三年もたつと、海の上にうろこ雲がわいた日に、その貝は白鳥に変わってしまう。白鳥になると自由に空を飛ぶことができる、白鳥は遠い、遠い、沖のかなたにある「幸福の島」へ飛んでゆくというのであります。「幸福の島があるというが、それはほんと・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・ ちょうど、このとき、どこにいて、狙っていたものか、もう一度、子供が跳ね上がったとき、一羽の白鳥が、巧みに子供をくわえてしまいました。 子供は、驚きました。そして、身をもだえました。しかし、なんのかいもなかったのであります。「ど・・・ 小川未明 「魚と白鳥」
・・・ 青々とした海には白帆の影が、白鳥の飛んでいるように見えて、それはそれはいいお天気でありました。 そのとき、あちらの岩の上に空色の着物を着た、自分と同じい年ごろの十二、三歳の子供が、立っていて、こっちを見て手招ぎをしていました。正雄・・・ 小川未明 「海の少年」
・・・はじめは白鳥が、小さな翼を金色にかがやかして、空を飛んでくるように思えた。それが私を迎えにきた船だったのだ。」 青年は、だれか知らぬが、海のかなたから自分を迎えにくるものがあるような気がしました。そして、それが、もう長い間の信仰でありま・・・ 小川未明 「希望」
出典:青空文庫