・・・と同時に神山は、派手なセルの前掛けに毛糸屑をくっつけたまま、早速帳場机から飛び出して来た。「看護婦会は何番でしたかな?」「僕は君が知っていると思った。」 梯子の下に立った洋一は、神山と一しょに電話帳を見ながら、彼や叔母とは没交渉・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・するとすぐ隣の桝に派手な縞の背広を着た若い男がいて、これも勝美夫人の会釈の相手をさがす心算だったのでしょう。においの高い巻煙草を啣えながら、じろじろ私たちの方を窺っていたのと、ぴったり視線が出会いました。私はその浅黒い顔に何か不快な特色を見・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ お蓮は派手な長襦袢の袖に、一挺の剃刀を蔽ったなり、鏡台の前に立ち上った。 すると突然かすかな声が、どこからか彼女の耳へはいった。「御止し。御止し。」 彼女は思わず息を呑んだ。が、声だと思ったのは、時計の振子が暗い中に、秒を・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ 一体三味線屋で、家業柄出入るものにつけても、両親は派手好なり、殊に贔屓俳優の橘之助の死んだことを聞いてから、始終くよくよして、しばらく煩ってまでいたのが、その日は誕生日で、気分も平日になく好いというので、髪も結って一枚着換えて出たので・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ 一処、大池があって、朱塗の船の、漣に、浮いた汀に、盛装した妙齢の派手な女が、番の鴛鴦の宿るように目に留った。 真白な顔が、揃ってこっちを向いたと思うと。「あら、お嬢様。」「お師匠さーん。」 一人がもう、空気草履の、媚か・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・赤坂だったら奴の肌脱、四谷じゃ六方を蹈みそうな、けばけばしい胴、派手な袖。男もので手さえ通せばそこから着て行かれるまでにして、正札が品により、二分から三両内外まで、膝の周囲にばらりと捌いて、主人はと見れば、上下縞に折目あり。独鈷入の博多の帯・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・少し派手だが、妻はそれを着て不断の沈みがちが直ったように見えたこともある。 それに、まだ一つ、ずッと派手な襦袢がある。これは、僕らの一緒になる初めに買ってやった物だ。僕より年上の妻は、その時からじみな作りを好んでいたので、僕がわざわざ若・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・女の人は、派手な、美しい日がさをさして、うすい着物を体にまとって路を歩いています。男の人は、白い服を着て、香りの高いたばこをくゆらして歩いていました。 お姫さまは、太陽の輝いた、海の面をながめながら、心をこめて唄を歌っていられました。そ・・・ 小川未明 「お姫さまと乞食の女」
・・・車の上には、派手な着物を被ておしろいをぬった女たちのほかに、犬や、さるも、いっしょに乗っていました。「ああ、サーカスが、どこかへゆくんだな。」と、信吉は、思いました。 昨日まで、町にきていて、興行をしていたのです。それが、今日、ここ・・・ 小川未明 「銀河の下の町」
九月の始めであるのに、もはや十月の気候のように感ぜられた日もある。日々に、東京から来た客は帰って、温泉場には、派手な女の姿が見られなくなった。一雨毎に、冷気を増して寂びれるばかりである。 朝早く馬が、向いの宿屋の前に繋がれた。其の・・・ 小川未明 「渋温泉の秋」
出典:青空文庫