・・・水軍の策戦は『三国志』の赤壁をソックリそのままに踏襲したので、里見の天海たる丶大や防禦使の大角まで引っ張り出して幕下でも勤まる端役を振り当てた下ごしらえは大掛りだが、肝腎の合戦は音音が仁田山晋六の船を燔いたのが一番壮烈で、数千の兵船を焼いた・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・ソコで友人がいうには「明日の朝早く持ってこい、そうすれば貸してやる」といって貸してやったら、その人はまたこれをその家へ持っていって一所懸命に読んで、暁方まで読んだところが、あしたの事業に妨げがあるというので、その本をば机の上に抛り放しにして・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・「なんでも執念深い皇子だといいますから、お姫さまは、早くこの町から立ち去って、あちらの遠い島へお逃げになったほうが、よろしゅうございましょう。あちらの島は、気候もよく、いつでも美しい、薫りの高い花が咲いているということであります。」と、・・・ 小川未明 「赤い姫と黒い皇子」
・・・じゃ、早く国へお帰んなせえ。こんなとこにいつまでも転々していたってしようがねえ、旅用だけの事は何とか工面してあげるから。」 あまり出抜けで、私はその意を図りかねていた。「私もね、これでも十二三のころまでは双親ともにいたもんだが、今は・・・ 小栗風葉 「世間師」
・・・そうして、唯早くしろ早くしろと子供をせッつくばかりでした。 子供は為方なしに、泣く泣く空から下がっている綱を猿のように登り始めました。子供の姿は段々高くなると一緒に段々小さくなりました。とうとう雲の中に隠れてしまいました。 みんなは・・・ 小山内薫 「梨の実」
・・・私もまた秋のけはいをひとより早く感ずる方である。といって、もの想う故にではない。じつは毎夜徹夜しているからである。 私の徹夜癖は十九歳にはじまり、その後十年間この癖がなおらず、ことに近年は仕事に追われる時など、殆んど一日も欠さず徹夜する・・・ 織田作之助 「秋の暈」
・・・心斎橋筋の雑閙のなかでひともあろうに許嫁に小銭を借りるなんて、これが私の夫になる人のすることなのか、と地団駄踏みながら家に帰り、破約するのは今だと家の人にそのことを話したが、父は、へえ? 軽部君がねえ、そんなことをやったかねえ、こいつは愉快・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・三日で済む苦しみを一週間に引延すだけの事なら、寧そ早く片付けた方が勝ではあるまいか? 隣のの側に銃もある、而も英吉利製の尤物と見える。一寸手を延すだけの世話で、直ぐ埒が明く。皆打切らなかったと見えて、弾丸も其処に沢山転がっている。 さア・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・斯う云ったようなことを一時間余りもそれからそれと並べ立てられて、彼はすっかり参っていた処なので、もう解ったから早く帰って呉れと云わぬばかしの顔していた処なので、そこへ丁度好くそのお茶の小包が着いたので、それが気になって堪らぬと云った風をして・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・これは医師が早くから気にしていたことで、その肝臓が痛み出しては、いよいよこれでお仕舞だと思いましたが、注射をしてからは少し痛みが楽に成りました。私は一度充分に眠るともっと楽になるだろうと思って、医師に相談してルミナールを二錠呑ませました。病・・・ 梶井久 「臨終まで」
出典:青空文庫