・・・尤も許しさえしたら、何も角も抛て置いてさっさと帰るかも知れぬが、兎も角も職分だけは能く尽す。 颯と朝風が吹通ると、山査子がざわ立って、寝惚た鳥が一羽飛出した。もう星も見えぬ。今迄薄暗かった空はほのぼのと白みかかって、やわらかい羽毛を散ら・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・「いやそう言わないで、許してくれたまえ。ね、いいだろう? 僕は原口君を迎えに行ってくるからね……」「そりゃ君、いかんよ。原口君や馬越君の方は、問題はおのずから別だからね。とにかく君は出席してくれたまえ!」笹川のこういった調子には、し・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・と自ら許している。アア老熟! 別に不思議はない、“Man descends into the Vale of years.”『人は歳月の谷間へと下る』という一句が『エキスカルション』第九編中にあって自分はこれに太く青い線・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・最も許しがたいのは倫理的なものに関心を持たぬアモラールである。それは人間としての素質の低卑の徴候であって、青年として最も忌むべき不健康性である。健康なる青年にあってはその性慾の目ざめと同時に、その倫理的感覚が呼びさまされ、恋愛と正義とがひと・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ それは、一時途絶えたかと思うと、また、警戒兵が気を許している時をねらって、闇に乗じてしのびよってきた。 五月にもやってきた。六月にもやってきた。七月にもやってきた。「畜生! あいつらのしつこいのには根負けがしそうだぞ!」 ・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・と云うと、案外にも言葉やさしく、「許してくれる。」と訳も無く云放った。二人はホッとしたが、途端にまた「おのれの疎忽は、けも無い事じゃ。ただし此家の主人はナ」と云いかけて、一寸口をとどめた。主人と云ったのは此処には居らぬ真・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ 若し赤穂義士を許して死を賜うことなかったならば、彼等四十七人は尽く光栄ある余生を送りて、終りを克くし得たであろう歟、其中或は死よりも劣れる不幸の人、若くば醜辱の人を出すことなかったであろう歟、生死孰れが彼等の為めに幸福なりし歟、是れ問・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・それでも勤めますと後二三日は身体が利かんくらいだという、余程稽古のむずかしいものと見えます。許し物と云って、其の中に口伝物が数々ございます。以前は名人が多かったものでございます。觀世善九郎という人が鼓を打ちますと、台所の銅壺の蓋がかたりと持・・・ 著:三遊亭円朝 校訂:鈴木行三 「梅若七兵衞」
・・・でも、私も子に甘い証拠には、何かの理由さえあれば、それで娘のわがままを許したいと思ったのである。お徳に言わせると、末子の同級生で新調の校服を着て学校通いをするような娘は今は一人もないとのことだった。「そんなに、みんな迷っているのかなあ。・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・それで、一度あちらへかえって、すべてのことを片づけておき、すぐにまた出て来て処刑を受けますから、どうぞしばらくの間お許しを得たいと言いました。 ディオニシアスはそれを聞いて嘲笑いました。そんなにして、まんまと遠い海の向うへ遁げた後に、ま・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
出典:青空文庫