・・・ ガラスの角ばったペン皿のとなりに置いて。ペン皿には御存知の赤い丸い球のクリーム入れがあって、太郎が二階へ来ると、私はいそいでそれをかくすの。握ったら可愛がってはなさないのです。ところがおばちゃんにしろ、これをどっかへころがされては一大・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・自分を死んだものとして無責任に片づけ、而も如何にも儀式ばった形式で英霊の帰還だとか靖国神社への合祀だとか、心からその人の死を哀しむ親や兄弟或いは妻子までを、喪服を着せて動員し、在郷軍人は列をつくり、天皇の親拝と大きく写真まで撮られたその自分・・・ 宮本百合子 「青年の生きる道」
・・・それ故、貨物自動車が尨大な角ばった体じゅうを震動させながら、ゴウ、ゴウと癇癪を起し焦立つように警笛を鳴し立てても、他の時ほど憎らしくはない。自動車も家に帰りたい! このように、散歩で私はいろいろ楽しんだが、一つ困ることがあった。 そ・・・ 宮本百合子 「粗末な花束」
・・・小さい火取はなおブンブンガスのまわりをとびまわるなんぼたっしゃな火取でもよっぴてとんではいられない羽根をやすみょとて床の上ジューたんの上におっこったするといきなり骨ばったでっかい指がニュッと出で体を宙にも・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・その状態を、見事な双方の統制というのかもしれぬけれど、どの電車の内、停留場にでも貼られているのは、電気局の儀式ばった印刷のビラだけで、従業員たちが直接市民に訴えるただ一枚のビラ、伝単さえ見当らないのはどういうものであろう。そしてまた、従業員・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
・・・いつになく儀式ばった様子で来るので箸のあげ下しにも気を用って居る様に見える。 年賀の言葉なんかも半分位云って後はのみ込んで仕舞う。 来るものも来るものもおとそとお重詰とを食べて行く。「もうはあ、いただかれませんからハイ。・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・形式ばった茶話会がくずれてから、多喜子はヴェランダのところで煙草をすっている桃子のそばへよって行った。「お嫂さん、小包で送ったりして、何とか云ってらっしゃらなかった?」「平気よ。――きのうだか早速着て出かけたわ」 多喜子は、ちょ・・・ 宮本百合子 「二人いるとき」
・・・数百千の男女はエジプトの野を覆うという蝗の群れのように動いている。貴公は何ゆえに歩いてるかと問うと用事があるからだと言う、何ゆえに用事があるかと問うと、おれは商売をしている、遊んでるのじゃないと答える。商売は金のためで金は欲のためである。生・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫