・・・歴史が現代のように強烈な動きを起している時代にあっては、生のよろこび、愛の成就そのものも単一平坦な道を通ることがむずかしくて、ある場合には殆ど耐えがたいような悲傷、痛心を耐え終せて、自分たちの愛を完うせざるを得ないような場合も殖えて来ている・・・ 宮本百合子 「世代の価値」
・・・それらがとりあげられず、その悲傷において、その克服への熱望においてそのものとして肯定を強要して存在するのでしょうか。 久しい間沈黙していた豊島与志雄がこのごろ「塩花」などをはじめ、若い女性を主人公とするいくつもの作品を発表しています。初・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・ かように、彼女が近くへよって、よく視ようとした偉い人々は、却って広さと遠さの無限のうちへ飛翔してしまったけれども、まったく不思議なことには、何か偉大な魂を感じ得るものが彼女に遺されたのである。それが、感情の一部分なのか、理性の一面なの・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・などが、中国文学史の上で中国の悲傷、誠意、人民の惨苦への愛と民衆創造の希望を象徴した作品として、高く評価され記念さるべき時が近づきつつある。 昼間はもちろんのこと、夜じゅう田圃に立って、天の星や月の美しさ、露の味を知りつくしているのは身・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・ 天心たかく――まぶたひたと瞑ぢて――まぶたひたと瞑ぢて―― 無我の瞬時、魂は自由な飛翔をすると思う。其時に「人」はよくなる。生きる霊魂には斯ういう忘我がなければならない。小細工に理窟で修繕するのではない根からすっかり洗われるのだ。・・・ 宮本百合子 「追慕」
・・・の、若鷲の誇高き飛翔を描き「日影にうつる雲さして行へもしれず飛ぶやかなたへ」という和歌の措辞法を巧に転化させた結びで技巧の老巧さをも示しているのであるが、「春やいづこ」にしろ、やはり『若菜集』に集められた詩と同じく、自然は作者の主観的な感懐・・・ 宮本百合子 「藤村の文学にうつる自然」
・・・五ヵ月後、彼が遂に死んだ時も、母はこの濁世に生きるには余り清純であった息子の霊界への飛翔という風に、現実の敗北を粉飾してその心にうけとったのであった。 その時十三ばかりの少女であった妹は、自分も自殺したら母が少しは可愛がってくれるように・・・ 宮本百合子 「母」
・・・高く、広く、輝かしく飛翔せんと欲する自我、人間性は、ロマンチシズムの焔に照らされて、通人の妥協的屈服的世界観を拒絶したのであった。 続いて藤村によって「誰か旧き生涯に安んぜんとするものぞ。おのがじし新しきを開かんと思へるぞ、若き人々のつ・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
・・・て敵ながらあっぱれなものであると現代日本のブルジョア反動文学者群の世界観を局部的にでも撃破克服した点にあるのではなく、逆にプロレタリア文学の中からでもこれくらい俺らの口にかなう作品も出るのだと、彼らに卑小な自己満足を味わせた点に根拠している・・・ 宮本百合子 「文学に関する感想」
・・・ロシアの民衆にとって、行くべき道がまだはっきりと示されなかった時代の悲傷が遂に強健なゴーリキイをも害した。彼は書いている。「その時から私は自分をより悪く感じ、自分を何か脇の方から、冷たく、他人のような敵意をもった眼で眺めるようになった」と。・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫