・・・もしない所を見ると、急に気でも変ったではあるまいか。もしひょっとして来なかったら――ああ、私はまるで傀儡の女のようにこの恥しい顔をあげて、また日の目を見なければならない。そんなあつかましい、邪な事がどうして私に出来るだろう。その時の私こそ、・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・自体何をすればいいのか、それさえ見きわめがついていないような次第です。ひょっとすると生涯こうして考えているばかりで暮らすのかもしれないんですが、とにかく嘘をしなければ生きて行けないような世の中が無我無性にいやなんです。ちょっと待ってください・・・ 有島武郎 「親子」
・・・僕はお母さんが泣くので、泣くのを隠すので、なお八っちゃんが死ぬんではないかと心配になってお母さんの仰有るとおりにしたら、ひょっとして八っちゃんが助かるんではないかと思って、すぐ坐蒲団を取りに行って来た。 お医者さんは、白い鬚の方のではな・・・ 有島武郎 「碁石を呑んだ八っちゃん」
・・・「帽子を持って寝たのは一昨日の晩で、昨夜はひょっとするとそうするのを忘れたのかも知れない」とふとその時思いました。そう思うと、持って寝たようでもあり、持つのを忘れて寝たようでもあります。「きっと忘れたんだ。そんなら中の口におき忘れてある・・・ 有島武郎 「僕の帽子のお話」
・・・そして私がそれを着て出まして、指環を受取りますつもりなのでございましたが、なぶってやろう、とおっしゃって、奥様が御自分に烏の装束をおめし遊ばして、塀の外へ――でも、ひょっと、野原に遊んでいる小児などが怪しい姿を見て、騒いで悪いというお心付き・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・二人は恋を命とせる途中で、恋を忘れた余裕に遊ぶ人となった。これを真の余裕というのかもしれぬ。二人はひょっと人間を脱け出でて自然の中にはいった形である。 夕靄の奥で人の騒ぐ声が聞こえ、物打つ音が聞こえる。里も若葉も総てがぼんやり色をぼかし・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・とすれば、ひょっとすると、女の眼は案外私を見ていないのかもしれない。けれどともかく私は見られている。私は妙な気持になって、部屋に戻った。 なんだか急に薄暗くなった部屋のなかで、浮かぬ顔をしてぼんやり坐っていると、隣りの人たちが湯殿から帰・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・一つには、大阪で一番雑閙のはげしい駅前におれば、ひょっとして妻子にめぐり会えるかも知れないという淡い望みもあった。 ある日、いつものように駅前にうずくまっていると、いきなりぬっと横柄に靴を出した男がある。「へい」 と、磨きだして・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・それが田村道子となっているのは、たぶん新聞の誤植であろうと、道子は一応考えたが、しかしひょっとして同じ大阪から受験した女の人の中に自分とよく似た名の田村道子という人がいるのかも知れない、そうだとすれば大変と思って、ひたすら正式の通知を待ちわ・・・ 織田作之助 「旅への誘い」
・・・しかしそう言ったとき喬に、ひょっとしてあれじゃないだろうか、という考えが閃いた。 でも真逆、母は知ってはいないだろう、と気強く思い返して、夢のなかの喬は「ね! お母さん!」と母を責めた。 母は弱らされていた。が、しばらくしてとう・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
出典:青空文庫