・・・けれど遠くへだたっていますので、ただ赤い筋と、ひらひらひるがえっている旗と、太い煙突と、その煙突から上る黒い煙と、高い三本のほばしらとが見えたばかりであります。そして船の過ぎる跡には白い波があわだっているばかりでありました。 露子は、ど・・・ 小川未明 「赤い船」
・・・ 頭の上には、花が散って、ひらひらと風に舞っていました。 小川未明 「犬と人と花」
・・・と、「そんなら僕が下りよう。」と、ひらひらと飛び下りて、さあ、いっしょに歌って遊ぼうよと、二人は学校でおそわった唱歌などを声をそろえて歌ったのであります。そして二人は、べにがにや、美しい貝がらや、白い小石などを拾って、晩方までおもしろく・・・ 小川未明 「海の少年」
・・・ いつ用意したとも知れないそんな言葉が、ひらひらとひらめいた。――「ハリケンハッチのオートバイ」「ハリケンハッチのオートバイ」 先ほどの女の子らしい声が峻の足の下で次つぎに高く響いた。丸の内の街道を通ってゆくらしい自動自転車・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・ 子供達の外套や、袴の裾が風にひらひらひるがえった。 三人は、炊事場の入口からそれを見送っていた。 彼等の細くって長い脚は、強いバネのように、勢いよくぴんぴん雪を蹴って、丘を登っていた。「ナーシヤ!」「リーザ!」 武・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・やがて五日頃の月は葉桜の繁みから薄く光って見える、その下を蝙蝠が得たり顔にひらひらとかなたこなたへ飛んでいる。 主人は甲斐甲斐しくはだし尻端折で庭に下り立って、蝉も雀も濡れよとばかりに打水をしている。丈夫づくりの薄禿の男ではあるが、その・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・よその女の子は、綺麗な着物を着て、そのお家の門口に出て、お得意そうに長い袂をひらひらさせて遊んでいるのに、うちの子供たちは、いい着物を戦争中に皆焼いてしまったので、お盆でも、ふだんの日と変らず粗末な洋服を着ているのです。「そう? 早く帰・・・ 太宰治 「おさん」
・・・まったく黙殺ときめてしまって、手紙を二つに裂き、四つに裂き、八つに裂いて紙屑入れに、ひらひら落した。そのとき、あの人が異様に蒼ざめて、いきなり部屋に入って来たのだ。「どうしたの。」「見つかった、感づかれた。」あの人は無理に笑ってみせ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・試みに、食堂のなかを覗くと、奉仕の品品の饗応にあずかっている大学生たちの黒い密林のなかを白いエプロンかけた給仕の少女たちが、くぐりぬけすりぬけしてひらひら舞い飛んでいるのである。ああ、天井には万国旗。 大学の地下に匂う青い花、こそばゆい・・・ 太宰治 「逆行」
・・・しかもその風呂敷に似た襟飾が時々胴着の胸から抜け出して風にひらひらするのを見受けた事があった。高等学校の教授が黒いガウンを着出したのはその頃からの事であるが、先生も当時は例の鼠色のフラネルの上へ繻子か何かのガウンを法衣のように羽織ていられた・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
出典:青空文庫