・・・しかし近代日本の精神は一般に、より科学的に高まっているから、やはりそこに分析と綜合の精神活動が求められ、それを通じて美をも一層豊富に感得したい欲望、即ち、世界の美感の中へつき出されて猶色褪せぬ美としての美しさを感じたい欲望をもっていると思う・・・ 宮本百合子 「世代の価値」
・・・故に美感にとぼし。性慾を芸術にまでたかめ得ず ○女に恋着あって、対手を何も云えずいつくしんで見るようになる男の心持ない わけ。〔欄外に〕 翌朝、何か一種揺蕩たるややエロティックな感じあり。対手を見なおす心持、何か他人でないよ・・・ 宮本百合子 「一九二七年八月より」
・・・メイエルホリドも、旧いブルジョア風の、美観は、彼の明暗のきつい構成派の舞台の上から、追っぱらって来た。「D《デー》・E《エー》」「森」「お目出度い亭主」のそれぞれ成功したメイエルホリドの舞台にどんな仕掛けがあったろう。どんな豪華な衣裳が・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・建物と建物とをつなぐ甃の柱廊は、美観の上で実に重大な役目を持つものと思う。崇福寺の建物は、狭いところに建てられている故か、大切な柱廊が、その通景に余韻を生ぜしむるだけ堂々と伸びやかに横わっていない。浅く、ただ礼拝する寺で、精神の活躍する場所・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・まりあは、その稚い美感の制作である天蓋に護られ、献納の蝋燭の焔に少しばかりすすけ給うた卵形の御顔を穏かに傾け佇んで在られる。祭壇の後のステインド・グラスを透す暗紅紫色の光線はここまで及ばない。薄暗い御像の前の硝子壜に、目醒めるようなカリフォ・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・――都会人の観賞し易い傾向の勝景――憎まれ口を云えば、幾らか新派劇的趣味を帯びた美観だ。小太郎ケ淵附近の楓の新緑を透かし輝いていた日光の澄明さ。 然し、塩原は人を飽きさす点で異常に成功している。どんな一寸した風変りな河原の石にも、箒川に・・・ 宮本百合子 「夏遠き山」
・・・ところが、醜として撮影された部分が人生の情景として、感情をもって見れば常に必しも醜ではなく、首都の美観の標本として示されたものの中には、却って東洋における後進資本主義の凡庸なオフィスビルディングの羅列のみしかないのもあった。都市の美醜、人生・・・ 宮本百合子 「日本の秋色」
・・・におさめられているものだが、芭蕉という芸術家が、日本の美感の一人の選手だから、教養の問題として、それがわからないというのはみっともない、そういう気持にかかずらうことはちっともいらないと思う。私たちの今日に生きている感覚に訴えるものをもってい・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
・・・という言葉を、本当に生活のなかから湧きいでた女性の健やかな美感への成長として実感してゆくのも来年の事だし、こんなに炭の不足している一冬を、互に協力して体も丈夫に仕事も停滞させず過しぬいたという経験が、社会的な辛苦に対して女性をはっきり目ざま・・・ 宮本百合子 「働く婦人の新しい年」
・・・ 月が皎々とヴォルガとその岸の草原の上を照らしている深夜、皿洗いゴーリキイは船尾に坐りこんで、「涙が出そうになるまで夜の美観にうたれた。」汽船の後から長い綱にひかれて艀舟がついて来てる。それは赤く塗ってあり、甲板に鉄格子が出来ている。追・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
出典:青空文庫