・・・客は明らかにびっくりした。しかもその驚いた顔は、声の主を見たと思うと、たちまち当惑の色に変り出した。「やあ、こりゃ檀那でしたか。」――客は中折帽を脱ぎながら、何度も声の主に御時儀をした。声の主は俳人の露柴、河岸の丸清の檀那だった。「しば・・・ 芥川竜之介 「魚河岸」
・・・ 半三郎はびっくりした。が、出来るだけ悠然と北京官話の返事をした。「我はこれ日本三菱公司の忍野半三郎」と答えたのである。「おや、君は日本人ですか?」 やっと目を挙げた支那人はやはり驚いたようにこう言った。年とったもう一人の支那人・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・燕は快活に二人のまわりを二、三度なぐさめるように飛びまわって、やがて二人の前に金の板を落としますと、二人はびっくりしてそれを拾い上げてしばらくながめていましたが、兄なる少年は思い出したようにそれを取上げて、これさえあれば御殿の勘当も許される・・・ 有島武郎 「燕と王子」
・・・と枇杷の宿にいすくまって、裏屋根へ来るのさえ、おっかなびっくり、(坊主びっくり貂だから面白い。 が、一夏縁日で、月見草を買って来て、萩の傍へ植えた事がある。夕月に、あの花が露を香わせてぱッと咲くと、いつもこの黄昏には、一時留り餌に騒ぐの・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・「裏土塀から台所口へ、……まだ入りませんさきに、ドーンと天狗星の落ちたような音がしました。ドーンと谺を返しました。鉄砲でございます。」「…………」「びっくりして土手へ出ますと、川べりに、薄い銀のようでございましたお姿が見えません・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・僕はぞッとして蒲団を被ろうとしたが手が一方よりほか出なかった。びっくりした看護婦が、どうしたんや問うたにも答えもせず、右の手を出してそッと左の肩に当って見たら二三のとこで腕が木の株の様に切れて、繃帯をしてあった。――この腕だ。」 と、友・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・ お姫さまは、これを聞くと、前の家来の申したこととたいそう違っていますので、びっくりなさいました。すぐに縁談を断ってしまおうかとも思われましたが、もし、そうしたら、きっと皇子が復讐をしに攻めてくるだろうというような気がして、すぐには決し・・・ 小川未明 「赤い姫と黒い皇子」
・・・けれど、一目その娘を見た人は、みんなびっくりするような美しい器量でありましたから、中にはどうかしてその娘を見たいと思って、ろうそくを買いにきたものもありました。 おじいさんや、おばあさんは、「うちの娘は、内気で恥ずかしがりやだから、・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・湯槽に浸ると、びっくりするほど冷たかった。その温泉は鉱泉を温める仕掛けになっているのだが、たぶん風呂番が火をいれるのをうっかりしているのか、それとも誰かが水をうめすぎたのであろう。けれど、気の弱い私は宿の者にその旨申し出ることもできず、辛抱・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ その時、母はいいわけするのもあほらしいという顔だったが、一つにはいいわけする口を利く力もないくらい衰弱しきっていて、私に乳を飲ませるのもおぼつかなく、びっくりした産婆が私の口を乳房から引き離した時は、もう母の顔は蝋の色になっていて歯の・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
出典:青空文庫