・・・たぬきのような顔にぴんと先生のようなひげをはやしてあった。このころからやはり昼寝の習慣があったと見える。 高等学校を出て大学へはいる時に、先生の紹介をもらって上根岸鶯横町に病床の正岡子規子をたずねた。その時、子規は、夏目先生の就職その他・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・三次が棒を翳した時繩は切れそうにぴんと吊った。其の瞬間棒はぽくりと犬の頭部を撲った。犬は首を投げた。口からは泡を吹いて後足がぶるぶると顫えた。そうして一声も鳴かなかった。「おっつあん、うまくいっちゃった」と先刻の対手は釣してある蓆か・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・その自然木の彎曲した一端に、鳴海絞りの兵児帯が、薩摩の強弓に新しく張った弦のごとくぴんと薄を押し分けて、先は谷の中にかくれている。その隠れているあたりから、しばらくすると大きな毬栗頭がぬっと現われた。 やっと云う掛声と共に両手が崖の縁に・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・「かささぎですねえ、頭のうしろのとこに毛がぴんと延びてますから。」青年はとりなすように云いました。 向うの青い森の中の三角標はすっかり汽車の正面に来ました。そのとき汽車のずうっとうしろの方からあの聞きなれた〔約二字分空白〕番の讃美歌・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・クねずみは横を向いたまま、ひげを一つぴんとひねって、それから口の中で、「ヘイ、それから。」と言いました。 タねずみはやっと安心してまたおひざに手を置いてすわりました。 クねずみもやっとまっすぐを向いて言いました。「先ころの地・・・ 宮沢賢治 「クねずみ」
・・・ シグナルつきの電信柱が、いつかでたらめの歌をやめて、頭の上のはりがねの槍をぴんと立てながら眼をパチパチさせていました。「えい。お前なんか何を言うんだ。僕はそれどこじゃないんだ」「それはまたどうしたことでござりまする。ちょっとや・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
・・・赤ひげがぴんとはねて、歯はみんな銀の入歯でした。署長さんは立派な金モールのついた、長い赤いマントを着て、毎日ていねいに町をみまわりました。 驢馬が頭を下げてると荷物があんまり重過ぎないかと驢馬追いにたずねましたし家の中で赤ん坊があんまり・・・ 宮沢賢治 「毒もみのすきな署長さん」
・・・ 山猫はひげをぴんとひっぱって、腹をつき出して言いました。「こんにちは、よくいらっしゃいました。じつはおとといから、めんどうなあらそいがおこって、ちょっと裁判にこまりましたので、あなたのお考えを、うかがいたいとおもいましたのです。ま・・・ 宮沢賢治 「どんぐりと山猫」
・・・ 千代は、美しい眉をひそめながらぴんと小指を反せて鍋を動し、驚くほどのおじやを煮た。そして、行儀よく坐り、真面目な面持ちで鮮やかに其等を皆食べて仕舞うのであった。「仕様がないじゃあないか、あれでは」 到頭、彼が言葉に出した。・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・驢馬は一方の耳をぴんと反らせ頭を下げ、おとなしく山羊の云うことを聴いて居る。黒驢馬は、然し凝っと聴くだけだ。 白山羊も暫くで黙り、一寸首を曲げた。向い合わせに立ったまま白山羊と黒驢馬とは、月明りの屋根の上で浮れて居る書生達の唄を聞いて居・・・ 宮本百合子 「黒い驢馬と白い山羊」
出典:青空文庫