・・・ 彼――彼女――は突つかれたはずみに、ぴんとどこかで音をさせ一二分体全体で飛び上って落ちると、気違いのように右や左に転げ廻った。どうすることかと見ていると散々ころげて私の見当をうまく狂わしてやったとでも思ったのだろう、今度は茶色甲冑を先にし・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・ 水色格子服の女性は、若い女のように小指をぴんと伸して三鞭酒盞を摘みあげた。男も。乾杯。 三鞭酒は、気分に於て、我々の卓子にまで配られた。少し晴々し、頻りに談笑するうちに、私は謂わば活動写真的な一場面を見とめた。事実黄金色の軽快なア・・・ 宮本百合子 「三鞭酒」
・・・皆の心には、ぴんと、響くものがあった。 翌日、さすがにそのひとは、水色襷をかけなかった。けれども、とても捨てかねたのだろう。四五日置きに、遠慮ぶかく、水色の襷が、動く手や頭の間にチラチラ見えた。 最近になって、私は久しく先生にお・・・ 宮本百合子 「弟子の心」
・・・ 雄鳥の、雨が降ると今までピント中世紀の武士の頭かざりのような尾をダラリとたれてしまう。 まるでおちぶれたおくげさんか、急に丸腰になった武士のような気がする。 文章なんかをよくまねる人がある。私も覚えがある。自分で作る時より・・・ 宮本百合子 「芽生」
出典:青空文庫