・・・ だが、青年団、消防組の応援による、県警察部の活動も、足跡ほどの証拠をも上げることが出来なかった。 富豪であり、大地主であり、県政界の大立物である本田氏の、頭蓋骨にひびが入ったと云う、大きな事実に対して、証拠は夢であった。全で殴った・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・ ゆえに世の富豪・貴族、もしくは政をとるの人、天理人道の責を重んじ、心を虚にして気を平にし、内に自からかえりみて、はたして心に得るものあらば、読書の士君子を助けてその術を施さしめ、読書家もまた己れを忘れて力をつくし、ともに天下の裨益を謀・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・ 小学校の費用は、はじめ、これを建つるとき、その半を官よりたすけ、半は市中の富豪より出だして、家を建て書籍を買い、残金は人に貸して利足を取り、永く学校の資となす。また、区内の戸毎に命じて、半年に金一歩を出ださしめ、貸金の利足に合して永続・・・ 福沢諭吉 「京都学校の記」
・・・の人の身は、必ず学校より出でたる者にして、少小教育の所得を、成年の後、殖産の実地に施し、もって一身一家の富をいたしたる者にして、世に名声も香しきことなれども、少壮の時より政府の官につき、月給を蓄積して富豪の名を成したる者あるを聞かず。もしも・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・あるいは精神的富豪社会と云った方が当たっているかも知れない。それはどんな社会だと云うと、国家枢要の地位を占めた官吏の懐抱している思想と同じような思想を懐抱して、著作に従事している文士の形づくっている一階級である。こう云う文士はぜひとも上流社・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・自分の裡に在る一部の傾向で理想化した女性の概念を直今日の事実に持って来て、それと符合しない処ばかりを強調して感じ失望したり、落胆したりしていたのである。 一口に云えば、自分は「人」から思想を抽象するのではなく、逆に、思想を人に割当て、或・・・ 宮本百合子 「概念と心其もの」
・・・よく婦人雑誌の実話などのなかに、たとえば手内職から今日の富豪となる迄の努力生活の女主人公として女のひとの立志伝がのったりしますが、そういうひとの生涯でも、或る意味ではやはりえらいと云えるでしょう。普通の人間の忍べないと思うような辛苦をよく耐・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人の命の焔」
・・・ 客観すれば病的な、そういう苦しく、いとしい精神表現がたがいの癖となってしまっているとき、にわかにぱっと窓があいて、光線が一時にさしこんできたとき、火花のようだった符号を朗々とした全文に吐露しなおし、それを構成して、たちどころにそれをひ・・・ 宮本百合子 「現代の主題」
・・・然し、彼女がたった三本だけ名を知っている掌筋のうち、恋愛の筋がいかにもよそで聞いた女将の身の上と符合しているようなので、ひろ子は少し喫驚した。「ほらね、だからあらそわれない!」「なんどす」「手の筋は正直だからね、女将さんがちょい・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・彼等はラジウム精錬の特許を独占して驚くべき富豪になる代りに、人類へその科学上の発見を公開して、キュリー夫人は五十歳を越してもソルボンヌ大学教授としての収入だけで生活して行った。キュリー夫妻の人間としての歴史的な価値は、その十五分ほどの間の判・・・ 宮本百合子 「これから結婚する人の心持」
出典:青空文庫