・・・ よくふざけるポチだったのにもうふざけるなんて、そんなことはちっともしなくなった。それがぼくにはかわいそうだった。からだをすっかりふいてやったおとうさんが、けががひどいから犬の医者をよんで来るといって出かけて行ったるすに、ぼくは妹たちに・・・ 有島武郎 「火事とポチ」
・・・ 浅草寺の天井の絵の天人が、蓮華の盥で、肌脱ぎの化粧をしながら、「こウ雲助どう、こんたア、きょう下界へでさっしゃるなら、京橋の仙女香を、とって来ておくんなんし、これサ乙女や、なによウふざけるのだ、きりきりきょうでえをだしておかねえか。」・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・「何だね? 為さん」「そら、こないだお上さんのとこへ訪ねて来た男があるだろう……」「為さんはまたお上さんのことばっかり言ってるね」「ふざけるない! こいつ悪く気を廻しやがって……なあ、こないだ金之助てえ男が訪ねて来たろう」・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・して親方の横面を張り擲ってくれるのだ、なんぞといえば女房まで世話をしてやったという、大きな面をしてむやみと親方風を吹かすからしてもう気に喰わねえでいたのだ、お古を押しつけておいて世話も何もあるものか、ふざけるない!』私がいくらなだめても聴か・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・「ふざけるのも、いい加減にし給え。」あまりのばからしさに、男爵は警戒心さえ起して、多少よそ行きの言葉を使った。「どこがいったい、一生の大事なんです。結構な身分じゃないか。わざわざ僕は、遠いところからやって来たんだぜ。どこをどう、聞けばい・・・ 太宰治 「花燭」
・・・馬鹿者はね、ふざける事は真面目でないと信じているんです。また、洒落は返答でないと思ってるらしい。そうして、いやに卒直なんて態度を要求する。しかし、卒直なんてものはね、他人にさながら神経のないもののように振舞う事です。他人の神経をみとめない。・・・ 太宰治 「渡り鳥」
・・・二時間や三時間で、死んで臭くなりゃ、酒あ一日で出来らあ。ふざけるない。あほだら経奴!」 ボースンは、からかわれていると思って、遂々憤り出してしまった。「酔っ払ったって死ぬことがあるじゃないか! ボースン! 安田だって仲間だぜ! 不人・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・踊るもの、かけるもの、キーキー云ってふざけるもの、声高に座談をなげ合うもの、命が躍って、躍って、止途もないというようなのが女の人、ことに若い人の通用性でございます。絶えず興奮して居ります。 静かにしんみりと話すことは少くても、笑うか、喋・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 白い衣の衿は少しも汚れて居なかった。 しずかに落ついて話すべき時にのみ話した。 四十五六で、白衣の衿の黒いのを着て奥歯に金をつめてどら声でよくしゃべる一人をA氏とよんで居た。 ふざける様にしゃべって下司な笑い様をするのと金・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・はしゃぐことをふざけることをいつも禁じられてきた日本の娘が、今日町で、公園で種々の生活の隅々で、ひたすら笑うことをはしゃぐことを渇望している姿は、その明暗さの錯綜によって深い問題を提出している。こういう今日の一部の生活感情にとっては「有閑に・・・ 宮本百合子 「人間の結婚」
出典:青空文庫