小田原熱海間に、軽便鉄道敷設の工事が始まったのは、良平の八つの年だった。良平は毎日村外れへ、その工事を見物に行った。工事を――といったところが、唯トロッコで土を運搬する――それが面白さに見に行ったのである。 トロッコの・・・ 芥川竜之介 「トロッコ」
・・・K博士の卓説の御利生でもあるまいが、某の大臣の夫人が紅毛碧眼の子を産んだという浮説さえ生じた。 何の事はない、一時は世を挙げて欧化の魔術にヒプノタイズされてしまった。が、暫らくして踊り草臥れて漸く目が覚めると、苦々しくもなり馬鹿々々しく・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・科学的発明も、化学工業も、鉄道敷設も、電信も道路の開通も、すべてが、資本主義の下にあっては、戦争準備の目標に向って集中されている。それは直接間接にプロレタリアの生活に重大な関係を持っている。反戦文学の恒常性はこゝに存在する。資本主義制度が存・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・熊のいる原始林を伐り開いて鉄道を敷設した。――だが、雪が降ると、それ等の仕事が出来なくなる。彼等は用がなくなるのだ。そうなると、汽車賃もくれないで、オツぽり出される。小樽や函館へ出てくるのはこういう人達なのだ。 雪の国の停車場は人の心を・・・ 小林多喜二 「北海道の「俊寛」」
・・・井戸に毒を入れるとか、爆弾を投げるとかさまざまな浮説が聞こえて来る。こんな場末の町へまでも荒して歩くためには一体何千キロの毒薬、何万キロの爆弾が入るであろうか、そういう目の子勘定だけからでも自分にはその話は信ぜられなかった。 夕方に駒込・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・ある夏演習林へ林道敷設の実習に行った時の事である。藤野のほかに三四人が一組になって山小屋に二週間起臥を共にした。山小屋といっても、山の崖に斜めに丸太を横に立てかけ、その上を蓆や杉葉でおおうた下に板を敷いて、めいめいに毛布にくるま・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・電車線路のいまだ布設せられなかった頃、わたくしは此のあたりの裏町の光景に興味を覚えて之を拙作の小説歓楽というものの中に記述したことがあった。 明治四十二三年の頃鴎外先生は学生時代のむかしを追回せられてヰタセクスアリス及び雁と題する小説二・・・ 永井荷風 「上野」
・・・電車はまだ布設されていなかったが既にその頃から、東京市街の美観は散々に破壊されていた中で、河を越した彼の場末の一劃ばかりがわずかに淋しく悲しい裏町の眺望の中に、衰残と零落とのいい尽し得ぬ純粋一致調和の美を味わしてくれたのである。 その頃・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・この鉄道は誰が敷設したという事は素人にはあまり参考になりません。この講堂は誰が作ったって問題にならない。あすこにぶらさがってるランプだか、電気だか何だか知らないが、これには何の personality もない。即ち自然の法則を apply ・・・ 夏目漱石 「無題」
・・・特にその繁華なU町へは、小さな軽便鉄道が布設されていた。私はしばしばその鉄道で、町へ出かけて行って買物をしたり、時にはまた、女のいる店で酒を飲んだりした。だが私の実の楽しみは、軽便鉄道に乗ることの途中にあった。その玩具のような可愛い汽車は、・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
出典:青空文庫