・・・と言って憤慨するのと似たことが実際にしばしば起こるのである。あるいはまた、陶土採掘者が平気でいても、はたのものが承知しないで、頼まれもせぬ同情者となって陶工の「不徳義」を責めるような事件が起こることもある。陶工の得た名声や利得が大きければ大・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・さるなどというもののあるのはいったい不都合だと言って憤慨してみたところで世界じゅうのさるを絶滅することはむつかしい。かにの弱さいくじなさをののしってみたところでかにをさるよりも強くすることは人力の及ぶ限りでない。蜂やいが栗や臼がかにの味方に・・・ 寺田寅彦 「さるかに合戦と桃太郎」
・・・もとより郷里の事情も知らぬではないがあまりに薄情だと思って一時はひどく憤慨し人非人のように罵ってもみた。時にはこれも畢竟妹夫婦があんまり意気地がないから親類までが馬鹿にするのだと独りで怒ってみて、どうでもなるがいいなどと棄鉢な事を考える事も・・・ 寺田寅彦 「障子の落書」
・・・ここではワグネル物をたとえば四幕のものなら二幕ぐらいに切って演じたり、勝手な事をすると言ってひどく憤慨していました。 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・ 一太はぐっとつまって、「だって女だい!」と力んだ。「男だよ。子ってのが女だよ、活動だって、ナミ子が女でタケオが男だよ、やーい見ろ、一ちゃん学校へ行かないから知らないんだ」 一太は憤慨して涙が出そうになった。学校へ行かな・・・ 宮本百合子 「一太と母」
・・・ 憤慨してメーラーが叫んだ。「それが労働婦人が主人のソヴェトの工場ですか!」 インガがきっぱり云った。「私が機械のための場所は見つけます!」「すると……」 ニェムツェウィッチは執念深く云った。「僕がこれまでやった・・・ 宮本百合子 「「インガ」」
・・・る石膏のアポロとヴィナスの胸像も、やっぱり高等学校時代の買物で、これを貧乏書生が苦心して買って家へもって帰って来たら、八十何歳かの祖母が、そんな目玉もない真白な化物はうちさいれられねえごんだと国言葉で憤慨し、それを説得するに大骨を折ったと話・・・ 宮本百合子 「写真に添えて」
・・・和尚さんが、いくら呼んでも起きてくれなかったと、若い母が憤慨していることもあった。 十日ほど、そんなことが続いた揚句、一同は又来たときの行列で東京へ帰って来た。その夏、品川の伯父さんは、子供らにとってごく身近で、大磯のどこかにも来ていら・・・ 宮本百合子 「白藤」
・・・ 文章を愛好する人はこれを見て、必ずや憤慨するであろう。口語体の文は文にあらずという人はしばらくおく。これを文として視ることをゆるす人でも、古言をその中に用いたのを見たら、希世の宝が粗暴な手によって毀たれたのを惜しんで、作者を陋とせずに・・・ 森鴎外 「空車」
・・・代を譲った倅が店を三越まがいにするのに不平である老舗の隠居もあれば、横町の師匠の所へ友達が清元の稽古に往くのを憤慨している若い衆もある。それ等の人々は脂粉の気が立ち籠めている桟敷の間にはさまって、秋水の出演を待つのだそうである。その中へ毎晩・・・ 森鴎外 「余興」
出典:青空文庫