・・・の村、汝の国、否全世界が救われるであろうと、大見得を切って、救われないのは汝等がわが言に従わないからだとうそぶき、そうして一人のおいらんに、振られて振られて振られとおして、やけになって公娼廃止を叫び、憤然として美男の同志を殴り、あばれて、う・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・ 私が机上をちらと見て思わず口をゆがめたのを、素早く彼は見てとった様子で、憤然、とでも形容したいほどの勢いで、その机上の本を取り上げ、「いい小説ですね、これは。」 と言った。「わるい小説は、すすめないさ。」 その本は、私・・・ 太宰治 「母」
・・・次男は、ものも言わず、猛烈な勢いで粥を啜り、憤然と梅干を頬張り、食慾は十分に旺盛のようである。「さとは、どう思うかねえ。」半熟卵を割りながら、ふいと言い出した。「たとえば、だね、僕がお前と結婚したら、お前は、どんな気がすると思うかね。」・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ 自分は憤然として昔の深川を思返した。幸い乗換の切符は手の中にある。自分は浅間しいこの都会の中心から一飛びに深川へ行こう――深川へ逃げて行こうという押えられぬ欲望に迫められた。 数年前まで、自分が日本を去るまで、水の深川は久しい間、・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・どんな複雑な趣向で、どんな纏った道行を作ろうとも畢竟は、雑然たる進水式、紛然たる御花見と異なるところはないじゃないか。喜怒哀楽が材料となるにも関わらず拘泥するに足らぬ以上は小説の筋、芝居の筋のようなものも、また拘泥するに足らん訳だ。筋がなけ・・・ 夏目漱石 「写生文」
・・・ デストゥパーゴがもう憤然として立ちあがりました。「何だ失敬な、決闘をしろ、決闘を。」 わたくしも思わず立ってファゼーロをうしろにかばいました。「馬鹿を云え、貴さまがさきに悪口を言って置いて。こんな子供に決闘だなんてこと・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・人間らしくない女性に対する態度に憤然として、彼は、長年に亙って極めて詳細な「女大学」反駁論を準備した。そして明治三十二年つまり日本に女学校令というものが出来た年になって、社会一般が婦人問題について漸く受容れる気風が出来たと認めて、始めて「新・・・ 宮本百合子 「私たちの建設」
・・・社会主義が奮然として赤旗を翻す時、帝国主義は冷然として進水式をやっている。電車のただ乗りを発明する人と半農主義者とは同じ米を食っている。身のとろけるような艶な境地にすべての肉の欲を充たす人がうらやまれている時、道学先生はいやな眼つきで人を睨・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫