・・・ことにその恋愛が障害にぶつかるときには勉強が手につかないようなこともある。ことには恋愛に熱中し得る力は、また君につくし、仕事にささげ得る力であることを思えば、生ぬるい恋の仕方をむしろしりぞけたくなる。だからこれは恋する力が強いのが悪いのでは・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・この危機を恐れるならば、他人に対して淡泊枯淡あまり心をつながずに生きるのが最も賢いが、しかしそれではこの人生の最大の幸福、結実が得られないのであるならば、勇ましくまともにこの人生の危機にぶつかる態度をもって、しかしそれだけにつつましく知性と・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・ 一人の女に、二人がぶつかることがあった。三人がぶつかることもあった。そんな時、彼等は、帰りに、丘を下りながら、ひょいと立止まって、顔を見合わせ、からから笑った。「ソぺールニクかな。」「ソぺールニクって何だい?」「ソぺールニ・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・蹄鉄に蹴られた礫が白樺の幹にぶつかる。馬はすぐ森を駈けぬけて、丘に現れた。それには羊皮の帽子をかむり、弾丸のケースをさした帯皮を両肩からはすかいに十文字にかけた男が乗っていた。 騎馬の男は、靄に包まれて、はっきりその顔形が見分けられなか・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・だから二力が互に異りたる曲線的に来てぶつかる時は、又何千万様の変化を起すか知れないのサ。ここが即ちおもしろい所だ。ここから天地万物がメチャメチャに色々の形状をなしてあらわれて来るのだよ。さてその曲線という奴は無障碍の空間で試みに引のばして見・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・こんな人ごみでは、ぶつかるのがあたりまえでございます。なんということもございません。学生は、そのまま通りすぎて行きます。しばらくして、また、どしんと博士にぶつかった美しい令嬢があります。けれども、これもあたりまえです。こんな混雑では、ぶつか・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・こうして離れているとお互いの生活に対する認識不足が多いので、いろいろ困難なことにぶつかると思います。命がけというので、お送りするわけです。それも私の生活とても決して余裕がないので、サラリイの前がりをしてやるわけです。勿体ぶるわけではないんで・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・そうしているうちに、初めには予期しなかったような重大な結果にぶつかる機会も決して少なくはない。この場合にも頭のいい人は人間の頭の力を買いかぶって天然の無際限な奥行きを忘却するのである。科学的研究の結果の価値はそれが現われるまではたいていだれ・・・ 寺田寅彦 「科学者とあたま」
・・・ 毎日同じ顔をいじり回しているうちに時々は要領にうまくぶつかる事もあった。なんだか違っているには相違ないが、どう違っているかわからないで困っていたような所が、何かの拍子にうまく直って来る時には妙な心持ちがした。楽器の弦の調子を合わせて行・・・ 寺田寅彦 「自画像」
・・・一ヶ年かかって達する距離を単位にして測られるような莫大な距離をへだてて散布された天体の二つが偶然接近して新星の発現となる機会は、例えば釈迦の引いた譬喩の盲亀百年に一度大海から首を出して孔のあいた浮木にぶつかる機会にも比べられるほど少なそうで・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
出典:青空文庫