・・・、一年農作の飢饉にあえば、これを救うの術を施し、一時、商況の不景気を見れば、その回復の法をはかり、敵国外患の警を聞けばただちに兵を足し、事、平和に帰すれば、また財政を脩むる等、左顧右視、臨機応変、一日片時も怠慢に附すべからず、一小事件も容易・・・ 福沢諭吉 「政事と教育と分離すべし」
・・・即ち我が徳義を円満無欠の位に定め、一身の尊きこと玉璧もただならず、これを犯さるるは、あたかも夜光の璧に瑕瑾を生ずるが如き心地して、片時も注意を怠ることなく、穎敏に自ら衛りて、始めて私権を全うするの場合に至るべし。されば今、私権を保護するは全・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・されど形は意なくして片時も存すべきものにあらず。意は己の為に存し形は意の為に存するものゆえ、厳敷いわば形の意にはあらで意の形をいう可きなり。夫の米リンスキーが世間唯一意匠ありて存すといわれしも強ちに出放題にもあるまじと思わる。 形とは物・・・ 二葉亭四迷 「小説総論」
・・・ 翌日の午後二時半にピエエル・オオビュルナンは自用自動車の上に腰を卸して、技手に声を掛けた。「ド・セエヴル町とロメエヌ町との角までやってくれ」 返事はきのうすぐに出してある。それは第一に、平生紳士らしい行動をしようと思っていて、近ご・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
朝蚊帳の中で目が覚めた。なお半ば夢中であったがおいおいというて人を起した。次の間に寝て居る妹と、座敷に寐て居る虚子とは同時に返事をして起きて来た。虚子は看護のためにゆうべ泊ってくれたのである。雨戸を明ける。蚊帳をはずす。この際余は口の・・・ 正岡子規 「九月十四日の朝」
・・・家のなかはしんとして誰も返事をしなかった。けれども富沢はその夕暗と沈黙の奥で誰かがじっと息をこらして聴き耳をたてているのを感じた。老人はじぶんでとりに行く風だった。(いいえ。さっきの泉で洗いますから、下駄をお借老人は新らしい山桐の下駄と・・・ 宮沢賢治 「泉ある家」
・・・ 百代は聞えないのか返事しなかった。「よし、僕が見てやる」 篤介が横とびに廊下へ出て行った。「猫が通ったんだよ」 弾機をひねくりながら悌がもったいぶっていったのが、忽ち、「何? え、今のなに」と、機械をすて篤介の・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・生きなければならないと云う事は、片時も脳裡を去らない緊張を与えて居ります。 其故、よく日本の人々の間に云われる、自動車を持って居ても下女は使わないという現象になるのでございます。元より自動車と云っても、日本のように単に贅沢者の玩具か、人・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・真心を以て芸術に参するものは、自己に許された範囲に於て、最大・最高の諧調を見出したいという祈願を、片時も捨てかねるものと思う。然し、仕事に面して、どんなことを仕ようが自分以上にはなれない。自分の内に在るだけの輝きほか、自分を照すものはない。・・・ 宮本百合子 「透き徹る秋」
・・・住持はなんと返事をしていいかわからぬので、ひどく困った。このときから忠利は岫雲院の住持と心安くなっていたので、荼だびしょをこの寺にきめたのである。ちょうど荼の最中であった。柩の供をして来ていた家臣たちの群れに、「あれ、お鷹がお鷹が」と言う声・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫