・・・た連句の制作についてもきわめて乏しい体験しかもたないから、このような大問題に対してなんら解決のかぎを与えるような議論を提出する資格はないのであるが、試みに自分の浅い経験と知識を通してこの問題の一分野を瞥見したままの所見を述べてみることとする・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・をでももっていたら、煩いほど残存している寺々の建築や、そこにしまわれてある絵画や彫刻によって、どれだけ慰められ、得をしたかしれなかったが――もちろん私もそういう趣味はないことはないので、それらの宝蔵を瞥見しただけでも、多少のありがた味を感じ・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・さア、其奴の垂れてるのを一寸瞥見しただけなんだが、私は胸がむかついて来た。形容詞じゃなく、真実に何か吐出しそうになった。だから急いで顔を背けて、足早に通り抜け、漸と小間物屋の開店だけは免れたが、このくらいにも神経的になっていた。思想が狂って・・・ 二葉亭四迷 「予が半生の懺悔」
・・・なぜなら、旧体制の残る力は、これを最後の機会として、これまで民衆の精神にほどこしていた目隠しの布が落ちきらぬうち、せいぜい開かれた民衆の視線がまだ事象の一部分しか瞥見していないうち、なんとかして自身の足場を他にうつし、あるいは片目だけ開いた・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
・・・私はこの偉い人の『科学の価値』という本の手ずれた表紙を常に親愛をもって眺めていたが、それはその手垢に対する主観的親愛に止っていたのだからこれを瞥見して苦笑して居ります。[自注1]スーさん――中野鈴子。 二月五日 〔市・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
過去への瞥見 今日の日本文学のありようは、極めて複雑である。そのいりくんだ縦横のいきさつを明瞭に理解するために、私たちは一応過去にさかのぼって、この三四年来日本の文学が経て来た道のあらましを顧みること・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・を読み、私は鼻の奥のところに何ともいえぬきつい苦痛な酸性の刺戟を感じた。昔の人は酸鼻という熟語でこの感覚を表現した。更に「地底の墓」「落日の饗宴」とを読み、いくつかの「新人論」を瞥見し、私は、文学に、何ぞこの封建風な徒弟気質ぞ、と感じ、更に・・・ 宮本百合子 「十月の文芸時評」
・・・先に文芸復興の声と共に流行した古典の研究、明治文学の見直し等が、正当な方法を否定していたために、新しい作家の新しい文学創造の養いとなり得なかったことを見て来たが、この過去への瞥見が谷崎、永井、正宗、徳田など、最近の数年間は活動の目立たなかっ・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・ 以上の瞥見は、私たちに今日、何を教えているであろうか。現実に即した観察は、批判精神というものが決して抽象架空に存在し得るものではなくて、それどころか実に犇々と歴史のなかに息づき、生成し、変貌さえも辞せないものであることを理解させると思・・・ 宮本百合子 「文学精神と批判精神」
・・・尤高橋君のは昔発表せられた時瞥見して、舞台に上すには適していぬと云うことだけは知っていた。そう云うわけで、私は両君の影響を受けてはいない。早く出ていた高橋君の訳を参考しなかったのも、やはり原文を素直に読んで、その時の感じを直写しようと思って・・・ 森鴎外 「不苦心談」
出典:青空文庫