・・・「それはいけない。そんな事を云っては×××すまない。」「べらぼうめ! すむもすまねえもあるものか! 酒保の酒を一合買うのでも、敬礼だけでは売りはしめえ。」 田口一等卒は口を噤んだ。それは酒気さえ帯びていれば、皮肉な事ばかり並べた・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・俺はさっきから一伍一什をここでちゃんと見ていたんだぞ。べらぼうめ! 配達屋を呼んで来い」 と存分に痰呵を切ってやりたかった。彼はいじいじしながら、もう飛び出そうかもう飛び出そうかと二の腕をふるわせながら青くなって突っ立っていた。「え・・・ 有島武郎 「卑怯者」
・・・が、ものの三月と経たぬ中にこのべらぼう、たった一人の女房の、寝顔の白い、緋手絡の円髷に、蝋燭を突刺して、じりじりと燃して火傷をさした、それから発狂した。 但し進藤とは違う。陰気でない。縁日とさえあればどこへでも押掛けて、鏝塗の変な手つき・・・ 泉鏡花 「菎蒻本」
・・・「なんだいべらぼう、ほめるんやらくさすんやら、お気の毒さま、手がとどかないや。省さんほんとに憎いや、もねいもんだ」「そんなに言うない。おはまさんなんかかわいそうな所があるんだアな、同病相憐むというんじゃねいか、ハヽヽヽヽヽ」「あ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・どうせ、中身はたいして変らぬのだが、特製といえば、なにか治りがはやいように思って、べらぼうに高価いのに、いや、高価いだけに、一層売れた。知らぬ間に、お前は巨万の金をこしらえていたのだ。 七 おれの目的、同時にお前・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・「だって、無いものを。「何だと。「貸はしないし、ちっとも無いんだものを。「智慧がか。「いいえさ。「べらぼうめえ、無えものは無えやナ、おれの脱穀を持って行きゃ五六十銭は遣すだろう。「ホホホホ、いい気ぜんだよ、それで・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・実に、べらぼうにお金のかかる大病人である。一族から、このような大病人がひとり出たばかりに、私の身内の者たちは、皆痩せて、一様に少しずつ寿命をちぢめたようだ。死にやいいんだ。つまらんものを書いて、佳作だの何だのと、軽薄におだてられたいばかりに・・・ 太宰治 「父」
・・・「べらぼう」も引き合いに出たが、これについて手近なものは (Skt.)prabh また parama でいずれも「べらぼう」の意がなくはない。しかしまた、「強い」ほうの意味の bala から出た balavat だって似ていなくはない。・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
・・・わたしぁ、べらぼうめ、そんな苦情は、おれのとこへ持って来たって仕方がねえや、ばさばさのマントを着て脚と口との途方もなく細い大将へやれって、斯う云ってやりましたがね、はっは。」 すすきがなくなったために、向うの野原から、ぱっとあかりが射し・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
出典:青空文庫