・・・シーメンスが提出した白金抵抗寒暖計はいったん放棄されて、二十年後にカレンダー、グリフィスの手によって復活した。このような類例を探せばまだいくらでもあるだろう。新しい芸術的革命運動の影には却って古い芸術の復活が随伴するように、新しい科学が昔の・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
・・・ところが、その家の庭に咲き誇った夕顔をせせりに来る蛾の群が時々この芳紀二八の花嫁をからかいに来る、その度に花嫁がたまぎるような悲鳴を上げてこわがるので、息子思いの父親はその次の年から断然夕顔の裁培を中止したという実例があるくらいである。この・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・ところが、その家の庭に咲き誇った夕顔をせせりに来る蛾の群れが時々この芳紀二八の花嫁をからかいに来る、そのたびに花嫁がたまぎるような悲鳴を上げてこわがるので、むすこ思いの父親はその次の年から断然夕顔の栽培を中止したという実例があるくらいである・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・昔は将棋を試みた事もあり、また筆者などと一緒に昔の本郷座で川上、高田一座の芝居を見たこともありはしたが、中年以後から、あらゆる娯楽道楽を放棄して専心ただ学問にのみ没頭した。人には無闇に本を読んでも駄目だと云ってはいたが、実によく読書し、また・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・自由に達して始めて物の本末を認識し、第一義と第二義を判別し、末節を放棄して大義に就くを得るということを説いたのには第百十二段、第二百十一段などのようなものがある。反対にまた、心の自由を得ない人間の憐むべく笑うべくまた悲しむべき現象を記録した・・・ 寺田寅彦 「徒然草の鑑賞」
・・・人間が山から莫大な石塊を掘りだして、その中から微量な貴金属を採取して、残りのほとんど全質量を放棄しているのを見物して、現在の自分と同じようなことをいっているかもしれない。 こう考えてみると、道楽息子でもやはり学校へやった方がいいように思・・・ 寺田寅彦 「鉛をかじる虫」
・・・避姙は宛ら選挙権の放棄と同じようなもので、法律はこれを個人の意志に任せている。 選挙にはむずかしい規定がある。一たびこれに触れると、忽縲紲の辱を受けねばならない。触らぬ神に祟なき諺のある事を思えば、選挙権はこれを棄てるに若くはない。・・・ 永井荷風 「西瓜」
・・・かつて何もなかった処であるから、荒廃でもなく破壊でもない。放棄せられたまま顧みられない風景とでもいうのであろう……。 セメントの新道路は鉄道線路の向へ行っても、まだ行先が知れない。初めわたくしはほどなく荒川放水路の土手に達するつもりであ・・・ 永井荷風 「元八まん」
・・・夫妻同居、夫が妻を扶養するは当然の義務なるに、其妻たる者が僅に美衣美食の賄を給せられて、自身に大切なる本来の権利を放棄せんとす、愚に非ずして何ぞや。故に夫婦苦楽を共にするの一事は努ゆめゆめ等閑にす可らず、苦にも楽にも私に之を隠して之を共にせ・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・而して其不和争擾の衝に当る者は其時の未亡人即ち今日の内君にして、禍源は一男子の悪徳に由来すること明々白々なれば、苟も内を治むる内君にして夫の不行跡を制止すること能わざるは、自身固有の権利を放棄して其天職を空うする者なりと言わるゝも、弁解の辞・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
出典:青空文庫