・・・さっそく私は次郎と三郎の二人を連れて青山方面まで見に行って来た。今少しで約束するところまで行った。見合わせた。帰って来て、そんな家を無理して借りるよりも、まだしも今の住居のほうがましだということにおもい当たった。いったんは私の心も今の住居を・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・この固有思想と五行等の新來思想とが合せる時、その宗教的方面に結びつきしは方士の類なり。後に道教となり風水説となれり。その道徳的方面に結びつきしは儒教也、易也。而して『書經』『禮記』は五行分子多く、孔子の説は道徳的分子に富みたり。 而して・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
・・・ そのほかいろいろの方面のそう難者について、さまざまのいたいたしい話を聞きました。永代橋が焼けおちるのと一しょに大川の中へおちて、後でたすけ上げられた或婦人なぞは、最初三つになる子どもをつれて、深川の方からのがれて来て、橋の半ば以上のと・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・ 早稲田界隈の下宿街は、井伏さんに一生つきまとい、井伏さんは阿佐ヶ谷方面へお逃げになっても、やっぱり追いかけて行くだろう。 井伏さんと下宿生活。 けれども、日本の文学が、そのために、一つの重大な収穫を得たのである。 ・・・ 太宰治 「『井伏鱒二選集』後記」
・・・という一言を信じて、検事は、この男を無罪放免という事にした様子でありますが、私たちの心の中に住んでいる小さい検事は、なかなか疑い深くて、とてもこの男を易々と放免することが出来ないのであります。この男は、予審の検事を、だましたのではないでしょ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・王は、ひとり合点して私を笑い、そうして事も無く私を放免するだろう。そうなったら、私は、死ぬよりつらい。私は、永遠に裏切者だ。地上で最も、不名誉の人種だ。セリヌンティウスよ、私も死ぬぞ。君と一緒に死なせてくれ。君だけは私を信じてくれるにちがい・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・遼陽方面の砲声も今まで盛んに聞こえていたが、いつか全くとだえてしまった。 二人連れの上等兵が追い越した。 すれ違って、五、六間先に出たが、ひとりが戻ってきた。 「おい、君、どうした?」 かれは気がついた。声を挙げて泣いて歩い・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・ アインシュタインは「芸術から受けるような精神的幸福は他の方面からはとても得られないものだ」と人に話したそうである。ともかくも彼は芸術を馬鹿にしない種類の科学者である。アインシュタインの芸術方面における趣味の中で最も顕著なものは音楽であ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・たとえば極貧を現わすために水道の止まった流しに猫の眠っている画面を出すとか、放免された囚人の歓喜を現わすのに春の雪解けの川面を出すとか、よしやそれほどの技巧は用いないまでも、とにかく文学的の言葉をいわゆるフォトジェニックなフィルミッシな表現・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・しかし利平は黙って答えないが、いうまでもなく、それは今朝、留置場から放免されて帰って来た争議団員たちを、他の者たちが歓迎しているのだ 利平は驚いた。暗い処に数十日をぶち込まれた筈の彼等の、顔色の何処にそんな憂色があるか! 欣然と、恰も、・・・ 徳永直 「眼」
出典:青空文庫