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・・・中野が何か思い出したという様子で、歩度を緩めてこう云った。「おう。それからも一つ君に話しておきたいことがあった。馬鹿な事だがなあ。」「何だい。僕はまだ来たばかりで、なんにも知らないんだから、どしどし注意を与えてくれ給え。」「実は・・・
森鴎外
「鶏」
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・・・一つの坂をおりきった所で、私は息を切らして歩度を緩めた。前にはまたのぼるべきだらだら坂がある。――この時、突然私を捕えて私の心を急用から引き放すものがあった。私は坂の上に見える深い空をながめた。小径を両側から覆うている松の姿をながめた。何と・・・
和辻哲郎
「創作の心理について」