・・・「私の持っている、はさみといでもらっていい。」と、お姉さんがききました。 このときの、アカギタニタニタニがいつまでもお家の笑い話の種となりました。「ほら、アカギタニタニタニがきましたよ。」と、とぎ屋さんが、まわってくると、お母さ・・・ 小川未明 「古いはさみ」
・・・ あちらに、自動車や、自転車の走っているのが見える、駅の付近にきたとき、「ほら、あすこに、ペスがいるじゃないか。」と、ふいに政ちゃんが、指さしました。見ると、なるほど、牛肉屋の前に白い毛に日の丸の斑のはいった、ペスそっくりの犬がいま・・・ 小川未明 「ペスをさがしに」
・・・そない言うてからに、うまいこと相手の同情ひきよりまんねんぜ。ほら昨夜従兄弟がどないやとか、こないやとか言うとりましたやろ、あれもやっぱり手エだんねん。なにが彼女に従兄弟みたいなもんおますかいな。ほんまにあんた、警戒せなあきまへんぜ」 警・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・僕はほら地名や職業の名や数字を夥しく作品の中にばらまくでしょう。これはね、曖眛な思想や信ずるに足りない体系に代るものとして、これだけは信ずるに足る具体性だと思ってやってるんですよ。人物を思想や心理で捉えるかわりに感覚で捉えようとする。左翼思・・・ 織田作之助 「世相」
・・・――ほら、あそこに……」 小沢は寄って行って、ベルを鳴らした。暫らくすると、女中が寝巻のままで起きて来て、玄関をあけた。 小沢は娘を表へ待たせて、一人はいって行くと、「部屋あいてませんか。いくら高くても結構です」 と、言いな・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・裾はほらほら、雪は紅を追えり。お帰り遊ばせと梅屋の声々。 四 あくまで無礼な、人を人とも思わぬかの東条という奴、と酔醒めの水を一息に仰飲って、辰弥は独りわが部屋に、眼を光らして一方を睨みつつ、全体おれを何と思っている・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・「また蛇が蛙を呑むのじゃアありませんか。」と「水力電気論」を懐にして神崎乙彦が笑いながら庭樹を右に左に避けて縁先の方へ廻る。少女の室の隣室が二人の室なのである。朝田は玄関口へ廻る。「ほら妙なものでしょう。」と少女の指さす方を見ても別・・・ 国木田独歩 「恋を恋する人」
・・・「なあに、なあにそうじゃないけれども、……」「それ、お見、そうじゃあないけれどもってお云いでも、後の語は出ないじゃあないか。」「…………」「ほら、ほら、閊えてしまって云えないじゃあないか。おまえはわたし達にあ秘していても腹ん・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・廷珸は大喜びで、天下一品、価値万金なんどと大法螺を吹立て、かねて好事で鳴っている徐六岳という大紳に売付けにかかった。徐六岳を最初から廷珸は好い鳥だと狙っていたのであろう。ところが徐はあまり廷珸が狡譎なのを悪んで、横を向いてしまった。廷珸はア・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・かの男は閉口してつくづく感心し、なるほどなるほど法螺とはこれよりはじまりけるカネ。 幸田露伴 「ねじくり博士」
出典:青空文庫