・・・嫁も掘る。自分も掘ってみたいと言ったけれど、着物がよごれるからだめだと言って母親が聞かない。嫁は唄を謡う。母親も小声で謡う。謡えぬお長は俯つ伏して蓆の端をむしっている。 常吉が手を叩くと、お長は立って、白馬を引いて行く。網の袋には馬鈴薯・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・これは不都合なようにも思われるが、よく考えてみると、名陶工にはだれでもはなれないが、土を掘ることはたいていだれにでもできるからであろう。 独創力のない学生が、独創力のある先生の膝下で仕事をしているときは仕事がおもしろいように平滑に進行す・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・を言い人を責める前にわれわれ自身がもう少ししっかりしなくてはいけないという気がして来た。 断水はまだいつまで続くかわからないそうである。 どうしても「うちの井戸」を掘る事にきめるほかはない。・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・陽炎燃ゆる黒髪の、長き乱れの土となるとも、胸に彫るランスロットの名は、星変る後の世までも消えじ。愛の炎に染めたる文字の、土水の因果を受くる理なしと思えば。睫に宿る露の珠に、写ると見れば砕けたる、君の面影の脆くもあるかな。わが命もしかく脆きを・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・内情を御話すれば博士の研究の多くは針の先きで井戸を掘るような仕事をするのです。深いことは深い。掘抜きだから深いことは深いが、いかんせん面積が非常に狭い。それを世間ではすべての方面に深い研究を積んだもの、全体の知識が万遍なく行き渡っていると誤・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・今でも仁王を彫るのかね。へえそうかね。私ゃまた仁王はみんな古いのばかりかと思ってた」と云った男がある。「どうも強そうですね。なんだってえますぜ。昔から誰が強いって、仁王ほど強い人あ無いって云いますぜ。何でも日本武尊よりも強いんだってえか・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
・・・二、三十人の人夫は泥を掘る者もあるその掘った泥を運ぶ者もある。皆泥にまぶれて居る者ばかりだ。泥の臭いは紛々と鼻を衝いて来る。満面皆泥のこのけしきを見て先ず心持が悪くなって来た。 少し休んで居る内背中がぞくぞくと寒くなって来ていよいよ不愉・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・\てこゝに行き行く夏野かな朝霧や杭打つ音丁々たり帛を裂く琵琶の流れや秋の声釣り上げし鱸の巨口玉や吐く三径の十歩に尽きて蓼の花冬籠り燈下に書すと書かれたり侘禅師から鮭に白頭の吟を彫る秋風の呉人は知らじふぐと汁・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・句や歌を彫る事は七里ケッパイいやだ。もし名前でも彫るならなるべく字数を少くして悉く篆字にしてもらいたい。楷書いや。仮名は猶更。〔『ホトトギス』第二巻第十二号 明治32・9・10〕 正岡子規 「墓」
・・・「上の野原の入り口にモリブデンという鉱石ができるので、それをだんだん掘るようにするためだそうです。」「どこらあだりだべな。」「私もまだよくわかりませんが、いつもみなさんが馬をつれて行くみちから、少し川下へ寄ったほうなようです。」・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
出典:青空文庫