・・・僕等はこれを以て芸術家の本分となしている。僕等は曾て少壮の比ツルゲネフやフロオベル等の文学観をよろこび迎えたものである。歴史及び伝説中の偉大なる人物に対する敬虔の心を転じて之を匹夫匹婦が陋巷の生活に傾注することを好んだ。印象派の画家が好んで・・・ 永井荷風 「申訳」
・・・従って夏目文学博士殿と宛名を書く方が本文よりも少し手数が掛った訳である。 しかし凡てこれらの手紙は受取る前から予期していなかったと同時に、受取ってもそれほど意外とも感じなかったものばかりである。ただ旧師マードック先生から同じくこの事件に・・・ 夏目漱石 「博士問題とマードック先生と余」
・・・真を発揮すると云うともったいない言葉でありますが、まず彼らの職業の本分を云うと、もっとも下劣な意味において真を探ると申しても差支ないでしょう。それで彼らの職務にかかった有様を見ると一人前の人間じゃありません。道徳もなければ美感もない。荘厳の・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ 導体的の文芸家美術家も、必要かも知れないが、人間の本分として、凡ての人は自覚しなければならない。此所が大切な所で充分に説明しなければいけないんですが、今日は時間がないからこれでやめます。 私のいうた事は、あなた方と私どもとの職業の・・・ 夏目漱石 「無題」
・・・ ゴム長靴の脛だけの部分、アラビアンナイトの粟粒のような活字で埋まった、表紙と本文の半分以上取れた英訳本。坊主の除れたフランスのセーラーの被る毛糸帽子。印度の何とか称する貴族で、デッキパッセンジャーとして、アメリカに哲学を研究に行くと云・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・之が為めに男子の怒ることあるも恐るゝに足らず、心を金石の如くにして争うこそ婦人の本分なれ。女大学記者は是等の正論を目して嫉妬と言うか。我輩は之を婦人の正当防禦と認め、其気力の慥かならんことを勧告する者なり。記者は前節婦人七去の条に、婬乱なれ・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・依て窃に案ずるに、本文の初に子なき女は去ると先ず宣言して、文の末に至り、妾に子あれば去るに及ばずと前後照応して、男子に蓄妾の余地を与え、暗々裡に妻をして自身の地位を固くせんが為め、蓄妾の悪事たるを口に言わずして却て之を夫に勧めしむるの深意な・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ されども編末の備考に、「この書に載するところはただ倫理の要領のみにして、広く例を集めつまびらかに証を示すの業は、教師の本分としてこれを略せり。」とあるがゆえに、中学校、師範学校の教師が、本書を講ずるときに、種々様々の例証を引用して、学・・・ 福沢諭吉 「読倫理教科書」
・・・故に本文敵国の語、或は不穏なりとて説を作。 東洋和漢の旧筆法に従えば、氏のごときは到底終を全うすべき人にあらず。漢の高祖が丁公を戮し、清の康煕帝が明末の遺臣を擯斥し、日本にては織田信長が武田勝頼の奸臣、すなわちその主人を織田に売らんとし・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
・・・ 榎本氏が主戦論をとりて脱走し、遂に力尽きて降りたるまでは、幕臣の本分に背かず、忠勇の功名美なりといえども、降参放免の後に更に青雲の志を発して新政府の朝に富貴を求め得たるは、曩にその忠勇を共にしたる戦死者負傷者より爾来の流浪者貧窮者に至・・・ 福沢諭吉 「瘠我慢の説」
出典:青空文庫