・・・ 非凡人ではない。けれども凡人でもない。さりとて偏物でもなく、奇人でもない。非凡なる凡人というが最も適評かと僕は思っている。 僕は知れば知るほどこの男に感心せざるを得ないのである。感心するといったところで、秀吉とか、ナポレオンとかそ・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・しかし一度発覚され、知れ渡った限りは、役目として、それを取調べなければならなかった。犯人をせんさくし出さなければ、役目がつとまらなかった。役目がつとまらないということは、自分の進級に関係し、頸に関係する重大なこと柄だった。 兵卒は、初年・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・どうも凡人は困りますよ、社会を直線ずくめに仕たがるのには困るよ。チト宇宙の真理を見ればよいのサ。政事家は政事家で、自己の議論を実行して世界を画一のものにしようなんという馬鹿気ているのが有るし。文人は文人で自己流の文章を尺度にしてキチンと文体・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・軸や輪や汽鑵がある。凡人の腕で、猛獣を馴らすように、馴らされた秘密の力がある。扣鈕を掛けたジャケツの下で、男等の筋肉が、見る見る為事の恋しさに張って来る、顫えて来る。目は今までよりも広くかれて輝いている。「ええ。あの仲間へ這入ってこの腕を上・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
・・・のあなたのお供、その日、樹蔭でそっとネガのプレートあけて見て、そこには、ただ一色の乳白、首ふって不満顔、知らぬふりしてもとの鞘におさめていたのに、その夜の現像室は、阿鼻叫喚、種板みごとに黒一色、無智の犯人たちまちばれて、その日より以後、あな・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・それによると、志賀直哉という人が、「二、三日前に太宰君の『犯人』とかいうのを読んだけれども、実につまらないと思ったね。始めからわかっているんだから、しまいを読まなくたって落ちはわかっているし……」と、おっしゃって、いや、言っていることになっ・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・秘密裡に犯人を追跡しているのに違い無い。 こうしては、おられない。金のある限りは逃げて、そうして最後は自殺だ。 鶴は、つかまえられて、そうして肉親の者たち、会社の者たちに、怒られ悲しまれ、気味悪がられ、ののしられ、うらみを言われるの・・・ 太宰治 「犯人」
・・・浄でためしてみて、いやもう、四方八方に飛散し、御不浄は海、しかもあとは、知らん顔、御承知でしょうが、ここの御不浄は、裏の菓物屋さんと共同のものなんですから、菓物屋さんは怒り、下のおかみさんに抗議して、犯人はてっきり僕たち、酔っぱらいには困る・・・ 太宰治 「眉山」
・・・それからまた犯人と目星をつけた女の居所を捜すのに電話番号簿を片端からしらみつぶしに呼び出しをかける場面などもやはり一つの思いつきである。 こうした趣向の新しさを競う結果は時にいろいろな無理を生じる。たとえば大地震で大混乱を生じている同じ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・よく聞いてみると、当時高名であった強盗犯人山辺音槌とかいう男が江の島へ来ているという情報があったので警官がやって来て宿泊人を一々見て歩き留守中の客の荷物を調べたりしたというのである。強盗犯人の嫌疑候補者の仲間入りをしたのは前後にこの一度限り・・・ 寺田寅彦 「海水浴」
出典:青空文庫