色といえば、恋とか、色情とかいう方面に就いての題目ではあろうが、僕は大に埒外に走って一番これを色彩という側に取ろう、そのかわり、一寸仇ッぽい。 色は兎角白が土台になる。これに色々の色彩が施されるのだ。女の顔の色も白くな・・・ 泉鏡花 「白い下地」
・・・をさがりに、見ると、河原前の橋を掛けてこの三島の両側に、ちらちら灯が見えようというのでと――どこか、壁張りの古い絵ほどに俤の見える、真昼で、ひっそりした町を指さされたあたりから、両側の家の、こう冷い湿ぽい裡から、暗い白粉だの、赤い油だのが、・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・あわれッぽいこと云うようだけど、二人の中も今日だけかしらと思うのよ。ねイ民さん……」「そりゃア政夫さん、私は道々そればかり考えて来ました。私がさっきほんとに情なくなってと言ったら、政夫さんは笑っておしまいなしたけど……」 面白く遊ぼ・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・ こんな理屈ッぽい考えを浮べながら筆を走らせていると、どこか高いところから、「自分が耽溺しているからだ」と、呼号するものがあるようだ。またどこか深いところから、「耽溺が生命だ」と、呻吟する声がある。 いずれにしても、僕の耽溺・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ところが或る朝、突然刺を通じたので会って見ると、斜子の黒の紋付きに白ッぽい一楽のゾロリとした背の高いスッキリした下町の若檀那風の男で、想像したほど忌味がなかった。キチンと四角に坐ったまま少しも膝をくずさないで、少し反身に煙草を燻かしながらニ・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・艶ッぽい節廻しの身に沁み入るようなのに聞惚れて、為永の中本に出て来そうな仇な中年増を想像しては能く噂をしていたが、或る時尋ねると、「時にアノ常磐津の本尊をとうとう突留めたところが、アンマリ見当外れでビックリした。仇な年増どころか皺だらけのイ・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・今度のもそれは悪くはないけど何しろ船乗りという商売はあぶない商売ですからね、それにどこか気風の暴ッぽい者ですから、お仙ちゃんのようなおとなしい娘には、もう少しどうかいう人の方がとそうも思うんですよ」 ところへ、娘は帰って来た。あたりはい・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・』『そうですとも、ほんとにね兄さん、昨日も日が西に傾いて窓から射しこむと机の上に長い影を曳いて、それをぼんやり見ていると何だか哀れぽい物悲しい心持ちがして来ましたが、ふと画の事を考えて、そうだ今だとすぐ画板を引っ掛けて飛び出ました。画の・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・と老人は例の哀れっぽい声。 気の毒がって下さる段は難有い。然し幸か不幸か、大河という男今以て生ている、しかも頗る達者、この先何十年この世に呼吸の音を続けますことやら。憚りながら未だ三十二で御座る。 まさかこの小ぽけな島、馬島という島・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・いがらっぽいその煙にあうと、犬もはげしく、くしゃみをした。そこは、雨が降ると、草花も作物も枯れてしまった。雨は落ちて来しなに、空中の有毒瓦斯を溶解して来る。 長屋の背後の二すじの連山には、茅ばかりが、かさ/\と生い茂って、昔の巨大な松の・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
出典:青空文庫