・・・信吉は、池のほとりに立って、紫色の水草の花が、ぽっかりと水に浮いて、咲いているのをながめていました。どうしたらあれを採ることができるかな。うまく根といっしょに引き抜かれたなら、家に持って帰って、金魚の入っている水盤に植えようと空想していたの・・・ 小川未明 「銀河の下の町」
・・・と知ったかぶりして鞄を持直し、さっさと歩き出したら、其のとき、闇のなかから、ぽっかり黄色いヘッドライトが浮び、ゆらゆらこちらへ泳いで来ます。「あ、バスだ。今は、バスもあるのか。」と私はてれ隠しに呟き、「おい、バスが来たようだ。あれに乗ろ・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・ずいぶん永いこと眠り、やがて熟し切った無花果が自然にぽたりと枝から離れて落ちるように、眠り足りてぽっかり眼を醒ましましたが、枕もとには、正装し、すっかり元気を恢復した王子が笑って立って居りました。ラプンツェルは、ひどく恥ずかしく思いました。・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・そして又長い顎をうでに載せ、ぽっかりぽっかり寝てしまう。しずかなラクシャン第三子がラクシャンの第四子に云う「空が大へん軽くなったね、あしたの朝はきっと晴れるよ。」「ええ今夜は鷹が出ませんね」兄は笑って弟を試す。・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・ けれども、祖父の墓のとなりに、墓標だけの新墓があって、墓標の左右に立っている白張提灯がやぶれ、ほそい骨をあらわしながらぽっかり口をあけていた。四角くもり上げた土の上においてある机が傾いて、その上に白い茶わんがころがっている。太い赤い鶏・・・ 宮本百合子 「道灌山」
出典:青空文庫